ゴーダ─2 後悔を抱いて
クロザが突然言い出した。ツユの病気を治すために、特別な力を持った血が必要なのだと。
突拍子もない話に、ゴーダは首を傾げざるを得なかった。
「何を言っているんだ? あれは、完治することはないと医者も」
「それが、治るんだ!」
ゴーダが制しようとしても、興奮気味のクロザには届かない。
彼によれば、先日の夜に出会った者から協力を持ちかけられたらしい。その話を聞くにつけ、ゴーダは不審感を強く持った。
「その、ダクトとかいう奴は言ったんだな? 銀の華を倒せって。……お前は、銀の華が何か知ってるのか?」
「まだ、わからない。だけど、この里を出れば情報を集められる。……オレは、必ずツユを治してみせる」
ダクト、という名に聞き覚えはない。クロザによれば、突然話しかけられたらしいが、生身の人間がこの里に入れば誰かが気付く。例えそれが、真夜中でも。
里を覆う結界が、祖神である女神が創り出したと伝わる守りの壁が教えてくれる。それに引っ掛からないという事実から、ダクトがただの人ではないことは明らかだ。
「……それが、クロザの意志なのか?」
冗談ではなく、そのダクトという者の言うことを信じるのか、それで後悔はないのかと言外に問う。
ゴーダの言葉の意味を知ってか知らずか、クロザは迷いなく頷いた。その瞳は鈍く光り、彼自身のものではなくなっていたのだが。
「わかった」
それ以上問い詰めることはなく、ゴーダはクロザの意思を受け止め肯定した。
その当時のことを思い出す度に、ゴーダは苦い思いに駆られる。どうして力付くでも止めなかったのか、と後悔に
「───最早、悔いても仕方がないけど」
ゴーダは一人、ソファーに座って天井を見詰めていた。目を閉じ、眉間にしわを寄せる。
テーブルの上には冷めてしまった紅茶がある。まさかその茶葉が銀の華から貰ったものになるとは、当時の自分が聞いても信じないだろう。
ゴーダの記憶のページが巻き戻る。
──本当に、これがあいつのやりたいことなのか?
あの雷雨の日、ゴーダはクロザとは別の場所にいた。里に残り、里でやるべきことをクロザに代わって済ませていたのだ。
雷雨は午後になってから降り始め、段々と強くなっていく。クロザたちは大丈夫か、と考えていた。
「ただいま」
「お帰り、クロザ。凄い雨、だ……」
言葉が喉につっかえた。親友の姿を見て、言葉が消えていく。
クロザは雨でびしょ濡れになり、尚且つ服には雨ではない色をしたシミがたくさん付いていた。この黒に近い赤色は。
「クロザ、それは」
「……これも、ツユを助けるためだ」
低く呻くように呟くと、クロザはゴーダの手からタオルを引ったくると奥へと消えた。おそらく、シャワーを浴びて着替えるのだろう。
「……」
暫しの間、ゴーダは微動だにしなかった。
どうしてだ、と問う気力もない。頭が麻痺し、クロザの行動に対する疑問が薄れていく。
それがダクトという神に近付いた男の仕業であるとは、この時思いも寄らない。クロザを通じて、ゴーダやツユにも影響を及ぼしていたのだ。
里の長であるクロザの行動は、里に住む人々に影響を与える。それが良いものであれば問題ないが、こういう時、おかしな一体感が生まれてしまうのだ。
「後は、坂を転がり落ちる様に、か」
春直の住んでいた封血を守る村を皆殺しにし、幾つかの村を襲った。
そして晶穂を
誰も止められなかった。一度は疑問を呈したゴーダでさえ。
「今度こそは、間違えないように進まなければね」
ゴーダの独白は、紅茶に溶けていく。それを飲み干すと、ゴーダは約束のために立ち上がった。
この後、クロザと共に護衛依頼を遂行しに行くのである。依頼主は、古来種の里で買い付けた工芸品をアルジャの市場まで運ぶという商人だ。
里では、大昔から暮らしを豊かにするための刺繍が盛んに行われていた。以前ほどは盛んでないが、外との繋がりが生まれた今、再び始める人が増えたのだ。
「よう、ゴーダ」
「早いね、クロザ」
待ち合わせ時間十分前。ゴーダが里の入口に向かうと、そこには既にクロザがいた。
ゴーダの指摘に、クロザは照れ笑いを浮かべる。
「また仕事を依頼してもらえたのが嬉しくて……なんて言ったら、ガキっぽいか?」
「そうやって正直に気持ちを言えるようになったのなら、良い傾向なんじゃないかな」
その調子で、きちんとツユに気持ちを伝えろ。とは言わないが、ゴーダは内心待ち望んでいる。
ゴーダに想い人はいない。クロザとツユの幸せを見守ることが自分の幸せだ、と信じて疑わない。
世間話をしていると、里の中からゴロゴロという台車を引く音が響いてきた。そちらへ目をやると、恰幅の良い壮年の男性が荷台を引きながらやって来る。
「やあ、待たせたね。アルジャまでお願い出来るかい?」
「勿論」
「お任せを」
クロザとゴーダは嬉しそうな笑みを浮かべると、それぞれの武器を手にして男性と並ぶ。時折人を獲物とおもう獣や山賊が出てくる山は、行商人にとっては危険な場所だ。
「やはり、君たち二人が一緒なら安心だ。またこちらで仕事がある時は、頼むよ」
アルジャの街角で、男性は微笑んで去っていった。クロザとゴーダは彼に手を振り、受け取った代金の入った袋を懐に入れた。
「何か、ツユに買って帰ろうぜ」
「こちらまではなかなか出て来られないからね。いいよ」
二人の青年は、もう人目を
こうやって、世界は変わっていく。それを実感しながら。
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