ハクト 決して折れない心
本編を遡ること……幾年となるかはわからない。何故なら彼らは長命であり、不老に近い外見を持つ。
獣人の中でも特に異端とされた存在──『
存在を秘されてきた理由は、獣人としては有り得ない程高度で精度の高い魔力を持つことにある。そして何より、彼らが強すぎる魔力を持つが故に虐げられてきたことが挙げられよう。
古来より、他と違うことは蔑み妬み、羨み、そして畏れの対象となる。
ハクトは、そんな中でも結ばれた魔種と鳥人との子である。しかし幼い頃両親と共に連れてこられて以来、ほとんどが暗闇と火の明かりしか届かない鉱山にいた。
日の光に身を晒したのは、昨日の朝だけだ。その前は三日の間が空き、おそらく次は四日後だろうか。
青白い肌に汗を滴らせ、ハクトは銀を掘っていた。大空を飛ぶための白い翼はむしりとられ、既に背にはない。
「ハクト」
「……サアヤ。持ち場を離れたら、
「すぐそばの持ち場だから、心配しないで。それに、主様たちは今地上にいるわ」
この鉱山の主は、日に数回ハクトたちの様子を見に来る。その時運悪く仕事以外の事をしているのが見付かれば、痕が残るほど鞭で打たれるのだ。
しかしその数度さえ乗り切ってしまえば、ノルマさえ達していれば文句は言われない。──決して楽な目標値が定められている訳ではないのだが。
ほら見て、と桃色の瞳に喜色を載せたサアヤが結んでいた手を広げた。細く骨が透けそうな肌の上に、見たこともない美しさの小さく薄いものがある。
「それは、花びら……? とても綺麗だけど、何の花だろう」
「わからないわ。だけど、心が癒されるでしょ?」
「……うん、そうだな」
サアヤの愛らしい笑みが一番の癒しだ、とハクトは思いながらも頷いた。
幼い頃の記憶を除けば鉱山と周辺の森しか世界を知らない彼らは、知る由もない。その銀色の花びらの正体を。
「時間だ、来い」
鉱山主のどら声が響き渡り、皆が手を止める。ぞろぞろと移動し、用意された粗末な食事にありついた。
この時間ともう一度しか食事はなく、それも水分ばかりが多く栄養の少ないスープが出されることが多い。奇跡的に鉱山主の機嫌が良いと、少し栄養価が上がる程度だ。
「そうだ。そこの8910と9160、それから9084はこっちに来い。新たな仕事をやろう」
「……」
誰もあらたな仕事など欲しくはない。この地獄のような監獄から抜け出したい、と心底願っている。
しかし、呼ばれたからには立ち上がらなければ。離れた所から心配そうに見てくるサアヤに目で「大丈夫」だと返答して、ハクトは立ち上がった。
ハクトたちの右腕上部には、数字の書かれたベルトが巻かれている。そこには通し番号が書かれ、個人の名の代わりに呼ばれるのだ。
ハクトの通し番号は8910。何の嫌がらせか、と番号を決めた者を問い詰めたい。
集まった三人の足元に数冊の本を投げ落とし、鉱山主は新たな命令をした。
「これを読み、理解し覚えろ。ここに医者を置くことは、無駄だ。しかし倒れられ、減られても困る。お前ら自身で何とかしろ」
ハクトが目を落とすと、本の表紙が見えた。『医学書』と書かれている。
「お前たちの親は医者だった。ならば、覚えられよう」
「……」
口答えなどしようものなら、数日は気を失う。それをわかっているから、ハクトを始め三人はただ立ち尽くす。
言いたいことを言い終わると満足したのか、鉱山主はその肥え太った体を揺らして地上へと戻っていった。
その日から、ハクトは夜を使って医学書を読み込んだ。幼い頃の記憶を引っ張り出しながら、夢中になって読み進める。
ほんの子どもの頃、両親の許しを得て医学書を読み漁ったのが懐かしい。勿論半分も理解していないわけだが、記憶は映像として鮮やかに蘇った。
「何か楽しそう、ハクト」
「そうか?」
夜遅く、仕事を終えて雑魚寝をする広間でサアヤが微笑んだ。
この広間は地上の、鉱山の傍にある。粗末な小屋の中だ。毎朝暗い内に、ハクトたちは鉱山の中へと入るのである。
ハクトが医学書から顔を上げて首を傾げると、サアヤの笑みが深くなる。
「うん。……本当は、ハクトはそういうことやりたかったんだよね」
「だとしても、自由な空は夢物語だから」
そっと、ハクトはサアヤの髪をすく。幼い頃は柔らかかった彼女の髪は、今やパサつき可哀相なことになっている。また目の下にはクマが出来ており、体つきも痩せ細っている。
それでも、サアヤの瞳には光が瞬く。何よりも美しい、ハクトにとっての光だ。
ハクトは誰も聞き耳をたてていないことを願い、サアヤの耳元に唇を近付けた。
「いつか、二人でここを逃げ出そう。子どもが笑って暮らせる、そんな場所に行こう」
「───っ、うん。きっと、約束」
もしかしたら、夢で終わるかもしれない。夢で終わる可能性の方が、何倍も高い。
それでも、愛する人と育む子の未来を、その子の未来だけでも守りたかった。
若い二人の唇が暗闇で触れ合い、静かに微笑んだ。
それから、五年後。
ハクトとサアヤの姿は地上にあった。
大切な愛し子を守り、秘匿すべき花を隠すために。
例え、この身に絶望が降りかかろうと、二人ならば負けない。
ハクトはサアヤの手を固く握り締め、『彼』を未来へ送り出す為に懸命に駆けて行く。
──────
次回はサアヤの物語です。
お楽しみに。
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