サアヤ 願いは未来

 銀の鉱山で働く鳥人の血を受け継ぐ者たちは、使い物にならなくなっても外から補充されることはない。既に外界では鳥人がいないことが原因だが、鉱山主は自ら人員を補填することを思い付いた。

 だから、鉱山内での恋愛も結婚も比較的自由だ。他の鉱山の内情はわからないが、それがとしても、サアヤは良いと思っていた。

(ハクトとの子は、鉱山の外に出す。……例えわたしたちが死のうと、子どもがわたしたちを忘れてしまったとしても)

 それは、サアヤが身籠ったことを理由に鉱山主から折檻された瞬間に芽生えた決意だった。ただ、若すぎるという理由だけで。




 銀色の花びらを見付けてから、数週間が経った。この日サアヤは、珍しく機嫌の良い鉱山主によって与えられた半日の休みを楽しんでいた。

 休みとはいえ、自由に地上を出歩くことは許されない。せいぜい鉱山内を散歩したり、仲間と話したり寝たり出来る程度である。

「おい、まだ行くのか?」

 サアヤに引っ張られて鉱山内を歩くハクトは、若干呆れていた。彼女が幼子のように鼻歌を歌いながら、珍しくもない鉱山内を楽しげに歩くから。

 くるりと振り返り、サアヤは「勿論」と意気込む。

「あの出所でどころ、ハクトも知りたいでしょ?」

「そりゃ……って、うわっ」

「じゃあ、前進あるのみ! 次にこんな機会巡ってくるかなんてわからないじゃない」

「わかったから、引っ張るな!」

 半分呆れ半分楽しんでいるハクトは、笑いながらサアヤに手を引かれて歩く。彼らの様子を、疲労感を拭えないままだが微笑ましく見守る大人たちの顔が、少しくすぐったかった。

 若者と称される存在は、彼ら二人で最後だったから。年々、新たな命は生まれにくくなっていた。

「結構来たな。これ、時間内に帰れるか?」

「まだ大丈夫。夜までに戻れば、バレはしないよ」

 二人は広かったり狭かったりを繰り返す坑道を抜け、二つ隣のエリアまで足を伸ばしていた。その辺りは銀を取り付くしたとかで、もう使われていない。

 ぐるりと薄暗い部屋を見回した二人は、ここもハズレかと残念そうに顔を見合わせた。誰もおらず、死の気配すらする。

「戻ろう、サアヤ」

「うん……ん?」

「サアヤ?」

 手を引いても動かないサアヤを不審に思い、ハクトは彼女が見つめる先を見た。すると、何か光っている。

「穴……?」

「行こう、ハクト!」

「は? 待てって」

 痩せ細った何処にそんな力があるのか、サアヤが駆け出す。ハクトも負けず、彼女を追った。

 二人が見付けたのは、崩れそうな壁に空いた指先程の穴だ。下の方にあり岩影に隠れて見付けられないはずだが、何故か見えた。そこから微かに風が吹いている。

 外に繋がっているのだと確信した。

「ここ……?」

「サアヤ、下がっててくれ」

「うん」

 素直に頷いたサアヤが数歩下がるのを確かめ、ハクトは穴を中心とした壁に拳を叩きつけた。

 ──ガラッ

 丁度匍匐前進ほふくぜんしんすれば人ひとり通ることの出来そうな、小さめの空間が空く。二人は頷き合い、そこへと体を滑り込ませた。


「ここ、は……」

「凄い、綺麗っ」

 砂だらけになりながら進み、辿り着いた場所。ハクトとサアヤは、風の中で立ちすくんだ。

 燦々と輝きを放つ日の光の下、銀色の花びらを揺らす花々が咲き乱れている。全て同じ種類ではなく、花びらの形は幾つもある。それでも、一様に銀色なのだ。

「……これは、ここの子だったのね」

 サアヤがポケットから取り出したのは、あの時拾った花びらだ。既に枯れて茶色くなっていても良いはずだが、輝きも色も失っていない。

 感激し涙を浮かべるサアヤは、隣に立つハクトを見上げた。そして、思わぬ光景に目を見張る。

「泣いてる、の?」

「あ……違う、これは」

 慌てて目元を拭うハクトだが、涙は次から次へと流れ落ちる。

 止めることが出来ずに赤面する彼に微笑み、サアヤは背伸びをした。驚いた顔のハクトが近くなる。

「……っ、さ、あや?」

「わたしね、夢があるの」

「夢?」

 サアヤの唇が触れた自分のそれを手で覆ってより顔を赤くするハクトは、儚げに微笑む彼女に疑問符を投げかける。自分たちの現状は、夢を見られる程楽観的なものではない。それでも何を夢見るのか、と。

「……、……が欲しい」

「?」

「……わたし、ハクトとの子が欲しい」

「なっ!? さ、サアヤ何を」

 何を言っているのか。ハクトが言い募るよりも早く、サアヤは言葉を重ねた。

「わたし、ハクトが好き。きっと…ううん、絶対誰よりもあなたが好き。ここは、希望がない絶望の場所。だけど、こんなに綺麗な花が咲いてる」

 美しい花が、そうだと肯定するように揺れる。膝を折って花に触れ、サアヤは柔らかく微笑んだ。

「この花は、希望。きっと、いつの日かあなたとの子の道標みちしるべになってくれる。だから……」

「……本当に、良いのか?」

 ハクトの瞳が揺れる。溢れそうになる感情を必死で塞き止め、堪え忍ぶ。

 だからサアヤは、恥ずかしそうに頷いた。

「全く、お前はッ──」

「きゃっ」

 ぐっと花の色が近くなる。ハクトに押し倒されたのだと気付き、今更ながらサアヤは顔を真っ赤にした。

「はくっ」

「好きだ、サアヤ。……誰よりも、愛してる」

「──うんっ」

 両手を伸ばし、サアヤはハクトを抱き締めた。何度も重なる唇が、優しい触れ合いが、絶望を忘れさせた。




 それから一年程後のこと。

 ゴウゴウと燃え盛る炎から逃れ、サアヤとハクトは手に手を取って死に物狂いで走っていた。サアヤの胸に抱かれているのは、何も知らない無垢な赤子。

 何処からか、二人を捕らえて殺せという鉱山主の狂ったようなわめき声が聞こえてきた。

 彼は何故か二人が銀よりも珍しいものを見付けたことを知り、そのありかを知りたがった。ハクトもサアヤも決して口を割らず、耐えられなくなった鉱山主が火を放ったのだ。

 炎は鉱山を包み込み、そこにいた人々は逃げ惑った。彼らがどうなったのか、サアヤたちにはわからない。

「ハク、トっ」

「足を動かせ、サアヤ! この子だけは、必ずッ」

「勿論!」

 必ず、未来を生きさせる。そして、その子は幸せになるのだ。


 偶然出逢った同族の生き残りに赤子を託し、二人はまた駆ける。死へと、走る。

 絶対に子が捕らえられてはならない。自分たちがどうなろうと、あの子の未来は守り通す。


 とうとう足が動かなくなり、体が冷えていく時、二人は互いを抱き締めた。そして、赤子に残したものを思い出す。

 白い羽根は、サアヤが密かに残していたもの。鉱石は、ハクトが宝物にしていた銀の欠片。

 そして、愛するものへの名を残す。

 事切れる時、互いの穏やかな表情が目に焼き付いた。


 ─────

 次回は、銀の華の物語。

 ジェイスのお話です。

 お楽しみに!


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