エルク 探し望んだ景色

 その日、一心不乱に砂漠を進む一人の青年がいた。名をエルクと言う。歩きにくい砂をものともせず、ゴツゴツとした専用靴で歩いて行く。

 やがてオアシスが見え、青年はほっと息をついた。知り合いが言っていた目印だ。

「あともう少し、だな」

 オアシスで小休憩を取り、もう一度立ち上がる。体は歩き疲れているはずだが、わくわくと浮き上がる気持ちを抑え切れない。

 エルクは一つ深呼吸すると、また一人で落ち込まないよう前を向いた。

「ようやく出逢えるんだ。慎重に……」

 しばらく行くと、砂漠の中に緑色のエリアが見えてきた。あの森の中に、探し続けたものがある。

「よし」

 小さく気合いを入れると、エルクは人の侵入を拒む蔦や枝をナイフで切りながら進む。

 更に進むと、白い岩肌が見えて来る。あれが、かの『光の洞窟』というものか。

 エルクにこの洞窟の存在を教えてくれたジェイスは、中に入ったら気を付けるようにと言った。激しい戦闘により、色々な場所が壊れたり傷付いている可能性があると。

「こんなに綺麗なのか」

 白い岩が壁となり、全体にわずかな光が反射して明るい。ここで大規模な戦闘が行われた、とはにわかには信じがたかった。

 しかし、ふと天井を見上げれば証拠がある。どんな魔法をぶっぱなしたのかは知らないが、天井からせり出していた岩盤の一部が砕け落ちていた。 その大きな破片は、地面に突き刺さっていたり落ちていたりする。

「……あいつらって、何者?」

 バカンスに来ていたジェイスたちしか知らないエルクは、背中に汗が伝うのを自覚した。否、晶穂と春直と名乗る者たちに出逢ったのは倉庫街だった。

 トレジャーハンターとして宝を探し求めることを仕事としているエルクは、戦わない。その代わり、交渉技術を高めてコミュニケーション力は人一倍あると自負している。

(まあそれも、今度確かめよう。銀の華……自警団だっていうことしか知らないからな)

 次回の約束はない。それでも、何処かでまた会える気がする。

 エルクは再び前を向いて歩き出し、あの場所へ続く通路を見付けた。

「よっ……と」

 岩がゴロゴロと不規則に転がる通路を抜け、日の光射す方を目指す。既に息は上がっていたが、これから見るものに対する期待の興奮と判別は出来ない。

 やがて白い光が見え、エルクは眩しさに目を凝らしながら歩き切った。トンッと軽い足取りで、地上へと出る。

「……うわぁぁっ」

 目を見開き、エルクは感嘆の声をあげる。

 彼の目の前に広がったのは、まさに咲き誇る銀色の花だった。一本等ではなく、何十何百という数えきれない花が風に揺れている。

 日の光を受けて輝き、決して白ではない花びらがエルクを誘う。

「こ……こんなにも」

 この光景を言い当てる言葉が見付からない。「綺麗だ」という言葉では足りない程、エルクにとっては別次元の美しさだった。

 無言で膝をつき、花びらにそっと手を伸ばす。折り取って持ち帰ろうかと思ったが、花畑を見ているとその気は失せる。

(きっと、この花はここに咲いているからこそ美しいんだろう)

 手折ってしまえば、銀色の花は輝きを失う。そんな気がした。


 古来、銀の花の伝説は語り継がれてきた。

 曰く、見付けた者の願いを叶える。曰く、何処にもない幻の花。

 誰も見たことがないからこそ語られる物語は肥大化し、神秘性を強めていく。ただ、こんなにも美しいという一点に尽きるのに。


 全ては眉唾もののニセモノだと断じられ、お伽噺として葬られていた過去も長い。それでも存在を信じ語り継いできた者たちのお蔭で、現代まで話が残り続けた。

 誰も見付けられなかった伝説の花は、おそらく今後も誰にも見付からずにひっそりと咲き続けるだろう。ジェイスには他言無用を言い渡されているし、エルクも誰かに明かす気はない。

 美しく儚い思い出になって二度と見ることはないかもしれないが、エルクは一生の間にもう一度だけ来たいと願った。

 銀の花が願いを叶えてくれるなら、それを願う。きっと将来、たった一人でまたこの場に立つだろう。

「……ずっとここで眺めていたいが、そういうわけにもいかないな」

 この花園は、人がおいそれと入って良い場所ではない。そんな神秘的な雰囲気が漂う不思議なところだ。

 人を惹き付け、また遠ざける。

 だからエルクは、心に刻み付けた。素晴らしく、惹き付けられて止まない花園を。

 過去、命を絶たれながらもこの場所を隠し守った人々への敬意を胸に。この場所を教えてくれた同じ名を持つ不思議な人々への感謝を胸に。

 幼い頃に本で知り、恋い焦がれてきた幻の銀の花。

 エルクはそれにひとときの別れを告げ、もと来た道を戻っていく。

 その時、花畑に風が吹いた。

 風にあおられた花びらが一枚、エルクのリュックのポケットに入り込む。エルクは気付くことなく、洞窟へと消えていった。


 帰宅後のエルクが花びらを見付けて驚くのは、もう少しだけ先のこと。

 もしかしたら、花の餞別だったのかもしれない。


 ─────

 次回はハクトのお話です。

 お楽しみに!

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