アゴラ 真似事ではなく

 とある昼下がり。ガラガラガラ、と誰かが大きな荷台を引いていく。荷台の上には大量の積み荷があり、石を踏む毎にふわりと浮き上がった。

 荷台を引いていた馬を止めた男は、ふと立ち止まって大声を張り上げた。そうしなければ、人通りの多いこの場所では聞こえない。

「こんちはー」

「いらっしゃい。いつものですね、ありがとうございます」

 荷台が止まったのは、川に沿って並んだ商店街の一角。店から出てきたのは、伸びた黒髪を後ろで結んだ青年だ。

 赤黒い瞳が男の持ってきた荷物を一瞥し、店内に運び入れて貰う。それから、普段通りに発注書と代金を手渡した。

「またお願いします。ありがとうございました」

「こちらこそ。ご贔屓に」

 再びガラガラガラと去っていく荷台を見送り、青年はふっと息をついた。彼の視線は、隣の店との間にある路地へと注がれる。

「いるんでしょう、ガイ。知ってますよ」

「くくっ。バレたか」

 ひょいっと現れたのは、狼人の青年だ。タンクトップ姿で、タオルを首に巻いている。近くで仕事でもしていたのだろうか。

「今日の現場はこの辺りなんですか?」

「ああ。何でも、堤防が痛んでるとかでな。丁度良いから寄ってみた」

「こちらも丁度落ち着きましたし、お茶を出しましょう」

「礼を言うぜ、アゴラ」

 アゴラと呼ばれた青年は、わずかに目元を緩めた。ただそれだけだが、付き合いの長いガイにはそれがアゴラの感情表現なのだとわかる。ガイが来て、喜んでいるのだ。

「相変わらずというか……本当に商人になるとはな」

わたしも、本当にやることになるとは思いもしませんでしたよ」

「ははっ、だよな」

 店内を見回し、ガイは笑う。それに同意し、アゴラは棚から二人分のコップを取り出した。

 アゴラとガイは、元トレジャーハンターだ。グーリスという男のもとで、世界中の宝を探す旅をしていた。それは依頼を受けてのことだったり、珍しいものがあるという噂を聞いてのことだったりと理由は色々あったわけだが。

 幾つかの要因が重なり、グーリスはトレジャーハンターを引退した。アゴラたちはその後もハンターを続けてもよかったのだが、何となく面白くなくなって止めてしまったのだ。

 現在アゴラは商人として、ガイは土木工事士として生活している。

 アゴラはトレジャーハンター時代にも、その柔和な面差しと言葉遣いを活かして商人の真似事をしていた。そうすることで相手の懐に入りやすくなり、情報収集に役立ったのだ。

 かつてのツテを頼り、アゴラはこの場所で商人としての生計を立てていた。

「ガイは、最近どう……なんだ? あまり姿を見せなかっただろう」

「ああ、幾つか向こうの町に行ってたんだ。……そこの肉詰め饅頭が旨かったな」

「ふふっ。それはよかった」

 ガイは元々家出少年だった。もう実家に戻るつもりはないということだが、独りになり培った生きる技術が今も息づく。

「アゴラこそどうなんだ? 見たところ、軌道に乗っているように見えるぞ」

「お蔭様で。雑貨や輸入品も扱ってるけど、興味を持って触れて下さる方も多い」

 真似も長じればそれらしくなる。それどころか、アゴラは仕事にしてしまったわけだ。

 食料品は扱わないが、雑貨や家具、玩具や文房具など幅広いものを扱う。品数は多くないが、そうすることで様々な世代の人々に受け入れられたのが大きい。

「だけど、まだまだだ。私の知らない世界は広い。……ガイとボスとストラと旅をしていた時も思ったが、今も世界の広さに驚かされる。いつかまた、旅をするのも楽しそうだ」

「その時は、俺も呼んでくれ」

「勿論だよ、相棒」

 アゴラは楽しそうに笑うと、コップの紅茶を一口飲む。それからトレジャーハンター時代の思い出話を含め、ガイと小一時間ほど話していた。


「今度、一緒にボスの……グーリスさんのところに行かないか?」

 休憩時間が終わるというガイを見送るためにアゴラが外に出ると、少しだけ日が傾いていた。

「グーリスさんのところにか?」

「ああ。ストラさんから、誘われた。アゴラお前、二人に居場所伝えてないだろ」

「まあね。連絡を取ったのは、仕事を探している最中だったから。……二人は元気か?」

「元気だよ。だけど、気になるなら一緒に来い。来週の今日だから、迎えに来る」

「わかった、空けておこう」

 アゴラが頷くと、ガイは嬉しそうに笑った。そして、背を向けて右手を軽く振る。

「来週、か。……ふふ、楽しみだな」

 二度と会うことはないだろう、と誰にも居場所を伝えなかった。しかし何の因果か、ガイには二ヶ月程前に発見されて今に至る。

 目を閉じれば、思い出の数々が蘇る。開山のきっかけとなった彼らは、どうしているだろうか。ふと、気になった。

 気付けば、ガイの姿は人混みに紛れてしまった。

「仕事に戻ろうか」

 まだ見ぬ客が、きっとこの店を訪れる。彼らのために、支度をしなくては。コップとクッキーの皿を片付け、店の体裁を整えよう。

 アゴラは微笑み、店の中へと戻っていった。


 ──────

 次回はエルクのお話です。

 お楽しみに!

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