ガイ 街陰の浮浪者

「オラァッ!」

 ドゴッという、普段なら聞くことのない暴力的な音が響く。目の前にいた男の顔面を殴り付けた青年は、たじろぐ周囲の男たちに向かって吠えた。

「次にられたい奴、かかって来いや!」

 目付き鋭く睨み据えられ、チンピラと称される男たちは皆、顔を青くした。

「……何だよ、こいつ」

「ば、化けもんだ」

「お、覚えてやがれっ」

 鼻が折れ血を流す仲間を助け起こし、男たちはほうほうの体で逃げていく。

「ふんっ」

 去るもの追わずの青年は鼻を鳴らすと、ふと寂しそうに視線を落とした。


 ここは、ソディールの中でも荒廃していると名高い町だ。川がなく、乾いた大地にはまばらに草木が生えるのみ。

 とうの昔に住人を失ったが、いつの頃からかチンピラや不良、家を失った人々の溜まり場と化した。半日ほど歩けば水を湛える川があり、生きるための水は確保出来る。

 ただ、それだけでは荒れた人々の心を充たすには足りなかった。

 年若いガイもその一人で、家族との折り合いが悪く飛び出した家出者だ。喧嘩に明け暮れ、この辺りを通る商人たちの護衛をして、その日暮らしをしている。

「……っ」

 ねぐらにしている廃屋に入り、ガイはその場に崩れ落ちた。痛みを堪え、呻き声をあげる。

 先程の喧嘩で背後を取られた際、背中を思い切り蹴られたのだ。

 幸い折れてはいないようだが、痛みは引かない。我慢して、大立ち回りを演じたのがいけなかったか。

 ずるずると体を引きずりながら、寝室として使っている部屋へ向かう。居間を抜け、台所の横を通り、ドアを外した部屋に倒れ込む。

 狼のしっぽはだらりと下がり、黒灰色の前髪の貼り付く額には脂汗が浮かぶ。その辺にあった昨日の残りを口に放り込み、ガイはそのままタオルケットの上で眠りにつく。

 ガイが眠ってから数時間後の真夜中。彼を揺すり起こす声が聞こえる。

「おい、仕事だ。ガイ起きろ」

「……息吹いぶき、か」

 ガイは大あくびをして、上半身を起こした。彼の前には、呆れ顔をした壮年の犬人が立っていた。

「全く……。俺じゃなかったら殺られてたぞ、お前」

「息吹じゃなけりゃ、起こされたりしない。寝てる時も気は抜かないから」

「そうかい」

 息吹はため息をつくと、懐から紙を取り出した。今日の依頼書だろう。

 犬人の息吹は、この町の隣の町に住む雑貨屋の主人だ。荒れた若者たちを自身の店に雇い入れたり、仕事を紹介したりして支援している。

 何故そんなことをするのか、とガイは以前尋ねたことがある。すると息吹は笑って「年寄りの暇潰しだよ」と取り合ってくれなかった。

 今回息吹が持ってきた仕事は、あるトレジャーハンターの護衛依頼だ。何でも、砂漠の中に眠る石の花を手に入れたいのだという。

「砂漠の花っていやぁ、奥地でたまに見付かるアレか?」

「そうだ。綺麗なものは、市場で相当の値が付くんだと。そいつは依頼人の頼みらしいけどな」

「へぇ。わかった」

 軽く了承し、ガイは待ち合わせ場所へと向かう。背中の痛みは、寝ている間に消えていた。


 待ち合わせ場所で数分待っていると、がたいの良い男がやって来た。目付きの鋭さではガイに負けない。

 先に口を開いたのは、依頼人の方だった。

「待たせたな、きみがガイか?」

「ああ。あんたは?」

「オレは、トレジャーハンターのグーリスだ。今日は、案内と護衛を頼む」

「心得た。じゃあ、行くぞ」

 無駄なことを口にすることなく、ガイは踵を返す。グーリスと名乗った男も異存はないらしく、黙ってついて来た。

「……」

「……」

「……なあ」

「何だ?」

「あんたは、五月蝿く喋らないんだな」

 大抵、商人等を相手にすると五月蝿い。仕事の自慢話や経験談を永遠と語られるのだ。全て右から左に流して適当に相槌を打ってはいるのだが、それすらも面倒になることがある。

 その点、グーリスは静かだった。

「お前、なかなか大変だったんだな」

 ガイの話を聞いて笑いを堪えていたグーリスだが、我慢出来なくなったのか大笑いをした。すると、険しい顔が突然柔らかくなる。その変化に、ガイは心底驚いた。

 それから、二人はポツポツとそれぞれの話をした。グーリスは、今まで出会った宝の数々について。ガイは、請け負った仕事で出会った人々について。

 ガイは口下手でよく言葉に詰まったが、グーリスは根気強く待ってくれた。

 いつしかガイは、このグーリスという男と話すことが楽しくなっていた。自然と口元が緩んでいることに気付き、気を引き締めた。

「この辺だぜ、砂漠の花がよく見付かるのは」

「そうか。じゃあここからはオレの仕事だな」

 グーリスは背負っていたリュックを下ろすと、中から幾つもの道具を取り出した。砂を掘るスコップに、金槌、そして虫眼鏡等だ。

 黙々と鉱物を探し始めたグーリスを少し離れた場所から見守りつつ、ガイは周囲に視線を送る。この辺りは、巨大な人喰い蜥蜴が出るという話があるのだ。

(眉唾かもしれんが、注意するに越したことは無いだろ)

 それから二時間程の時間が経ち、グーリスが声をあげた。同時にカツンという固い音がする。

「これかもしれない!」

「あったのか?」

 くあぁ、と大きな欠伸をしたガイがひょいと見ると、確かに黒っぽい鉱物が穴の中にあった。

 グーリスが手を入れ、金槌で叩く。すると、ボロッと砂漠の花が零れ落ちた。

「よし。助かったぞ、ガイ。これで依頼は……?」

「安心するのはまだ早いらしいな」

 グラグラと地面が揺れ、二人は倒れないように踏ん張る。揺れは十秒程続き、それが止まった時に更なる変化が起こった。

「ギ……ギャアァァァッ」

「マジで出やがった!」

 地面が割れ、中から人の三倍はありそうな真っ黒の蜥蜴が現れた。

 蜥蜴は赤い目をギョロリとグーリスとガイに向けると、鋭い牙のある口を開けた。ドロリ、と唾液が落ちて砂を焼いた。

「げ……」

「あれは、普通の唾液じゃないな。触れれば終わりだ」

「冷静に分析してる場合かよ!?」

 ガイはツッコミを入れると、振り下ろされた蜥蜴のしっぽを跳んで回避した。その際、グーリスの首根っこを掴んで移動させる。

 蜥蜴から離れた場所に着地し、ガイはグーリスを急かした。

「逃げるぞ。砂漠の花は持ってるな?」

「ああ。流石にあれは、人の力では倒せんだろうな」

 ガイはグーリスに先に行かせ、自分は殿しんがりを務める。

 獲物を一人逃がしたことで怒った蜥蜴が、ガイを一呑みにしようと口を開いてジャンプした。勿論、そうなることは予想していた。

「おらぁっ!」

 ガイは、懐に隠し持っていた小さな麻布袋を蜥蜴の口に向かって投げ付けた。袋を呑み込んだ蜥蜴は、着地と同時に苦しみ出す。その隙に、ガイは踵を返してグーリスを追った。


「おっさん!」

「おお、無事だったか」

 砂漠の端で合流した二人は、互いの無事を喜んだ。

 どうやって逃げおおせたのかとグーリスに問われ、ガイは種明かしをする。

「砂漠の怪物の話は有名でな、眉唾だとは思ってたが対抗出来るって薬を貰っていたんだ。体の中で弾けて、内蔵を攻撃するって聞いてる。……いやぁ、効いてよかったぜ」

 ケラケラと笑うガイの横顔を見ていたグーリスは、町に辿り着いた所で口を開いた。

「……ガイ、家族は?」

「家出して、それっきりだ。どうしてるかなんて、気にしたこともなかったな」

 寂しさも悲しさも、何処かへ置いてきた。そう笑うガイに、グーリスは提案を持ち掛ける。

「なら、オレと来ないか? きみとなら、楽しそうだ」

「……雇い代は高くつくぜ?」

「構わない。オレの姪とも仲良くしてやってくれ」

 そう言って、グーリスは右手を差し出した。

 もしかしたら、息吹はこの展開を読んでいたのかもしれない。嵌められたかと思いつつも、ガイの中で拒否をする選択肢はなかった。

(こいつと共にいれば、知らなかった景色を見られるかもしれない。それは、ここにくすぶっているよりはマシだろうな)

 未来など、わかるはずもない。わかるのは、ガイがグーリスと共に行くと直感的に決めたという事実だけだ。

「宜しく頼むぜ、ボス」

「ボス、か。こちらこそ、ガイ」


 それが、ガイとグーリスの出会いだった。


 ─────

 次回は、アゴラのお話です。

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