ストラ─2 新たな日々

 オドアたちとの縁が切れ、グーリスはトレジャーハンターを引退することを決意した。元々持っていた腰痛が悪化し、激しい動きが出来なくなったことも一因だが。

 トレジャーハンターの組織は解散し、アゴラとガイも去った。彼らもそれぞれに、生きるためにすべきことを見付けに行かなくてはならない。


 そうした中、ストラはグーリスと共にとある町での生活を始めた。

「あら、スイちゃん。おはよう」

「おはようございます、おばさん。お掃除ですか?」

「ええ、そうよ。この頃、落ち葉が凄いからね」

 近所に住む犬人の婦人はそう言うと、少し離れた場所にある落ち葉の山を片付けて帰って行った。彼女が箒で掃いた後は、落ち葉が一枚もない。見事なものだ。

 ふぁぁ、と大あくびをすると、スイことストラはポストから新聞を取り出した。ちらりと一面を見て、家の中に入って行く。

「おじさん、おはよう! もう起きる時間だよ。今日からでしょ?」

「ん……? あ、ああ。そうだな」

 ストラに体を揺すり起こされ、グーリスは眠気眼を擦りながらベッドから下りる。彼の背を押して洗面台に立たせた後、ストラは一人台所に立った。

「よし」

 手早く朝御飯を作る。トーストとサラダ、そして肉や野菜を入れたスープだ。これならば、朝食欲のないグーリスでも食べられる。

「おお、ありがとう」

「食べちゃって。あたしは食べたし。今日から、職場なんでしょ?」

「ああ。……大工なんてのはしたことがないが、何でも最初は『やったことがない』からだからな」

 自分に言い聞かせるように呟くグーリスに、ストラは「そうだね」と笑いかけた。

 トレジャーハンターを引退したグーリスだが、体を動かすことは人一倍好きなたちだ。何か仕事をと探した時、偶然出会った大工の棟梁に体つきを褒められた。それをきっかけに、その棟梁の元で働くことになったのだ。

 人生、何が起こるかわからない。グーリスの口癖になったその言葉は、彼自身の人生を思えば頷ける。

 グーリスはスープを一気飲みし、パンッと手を合わせた。

「ご馳走さま、旨かったぞ」

「お粗末さまでした。……気を付けてね」

「おう。今晩は約束があるからな、早く帰れるように努力するよ」

「うん、いってらっしゃい」

 玄関でグーリスを見送ると、ストラは「さて」と気合いを入れた。叔父が帰ってくるまでにするべきことは、たくさんある。


 家事や勉強、趣味。少しずつ色々なことをしていくと、いつの間にか時間は経ってしまう。

「もうこんな時間か」

 掛け時計を見て驚いたストラは、慌てて台所に立った。今晩は特別な夜になる、そんな気がした。

「ただいま」

「お帰り、叔父さん!」

 ストラが夕食の支度を始めてから一時間後、グーリスの帰宅の声がした。手が離せなかったストラは、大きな声て挨拶をした。

「シャワーなら浴びれるよ? どうする」

「んー、あいつらが来る前に浴びとくか」

「じゃあ、タオル出しとく」

「助かる」

 そんなたわいもないことを言い合って、ストラは昼間に干していたバスタオルを脱衣所に置いておく。

 約束の時間まで、あと三十分くらいだろうか。

 ストラはぐるり、と部屋を見渡した。昼間にきちんと隅々まで掃除をしたし、窓ガラスまで拭いた。かつてのボスの自宅が、ボロ屋だとは言われたくない。それくらいの矜持を持ってもバチは当たらないだろう。

「おお、綺麗になったな」

「叔父さん、服着てくれ」

「はいはい」

 タオルを腰に巻いた姿で居間へとやって来ようとしたグーリスを、脱衣所に押し留める。するとグーリスは、ちゃんとシャツとズボンを着て現れた。

 叔父の姿を見て「よし」と笑うと、ストラは腰に手を当てて胸を張る。

「昼間に掃除洗濯しましたから? 汚い部屋なんて見せられないからな!」

「確かにな。あいつらを失望させられん」

 呵呵かかと笑ったグーリスは、目を細めてストラの頭を撫でてくれた。

 幼い頃からストラは、褒められる時に頭を撫でられてきた。グーリスは勿論のこと、もう遠い記憶になりつつある実父ロンも同じようにしていた。

 もしかしたら、グーリスはロンの真似をしているのかもしれない。

「さあ、もうすぐ奴らも来るだろ。オレは何をすれば良い?」

「じゃあとりあえず、机を布巾で拭いてよ。皿を持ってくるから」

「わかった」

 鼻歌を歌いながら机を拭くグーリスに苦笑し、ストラは台所に戻る。そこにはストラ自身が作った幾つかの大皿料理が並べられ、御披露目の時を待っている。

 魚、肉、野菜。それぞれ腕によりをかけた力作だ。

 ──トントントン

 人数分の取り皿と箸等を並べ終えた頃、玄関の戸が叩かれた。次いで、懐かしい二人分の声が聞こえてくる。

「グーリスさん、いるんだろ?」

「スイさん、いますか?」

「直ぐ開ける!」

 ストラがパタパタと急いで玄関を開けると、月明かりを背景にして二人の青年が立っていた。

 一人は、黒灰色の短髪に焦げ茶の目を持つ狼人。もう一人は、黒い髪を後ろで結び赤黒い目を持つ魔種。ガイとアゴラだ。

 二人は、かつてのグーリスの部下。今は、それぞれに仕事をして暮らしている。

 懐かしい仲間の姿に目頭が熱くなったストラだが、それに耐えて何でもない風を装う。ガイとアゴラにはバレていたが、ストラ自身は気付かない。

「どうぞ、入ってくれ」

「お邪魔するぜ」

「久し振りですね、スイ……ストラ」

「ああ。叔父さんも待ってる」

 三人が連れ立って行くと、グーリスは本当に嬉しそうに笑った。

「元気そうで何よりだ。ガイ、アゴラ。どうだ? 最近は」

「特に変わらず、だな」

「私も。変わりなく」

「ほら、三人とも座ってくれ!」

 立ち話を始めようとする三人をけしかけ、ストラは彼らを椅子に座らせる。

「まずは、料理を楽しんでよ!」

 夜は長い。これまでのこともこれからのことも、飽きる程話そうじゃないか。

 ストラは料理を運びながら、談笑する三人に笑いかけた。


 ─────

 次回は、ガイの物語です。

 お楽しみに!

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