武藤義尚 どうやら異世界転移したらしい

『ここは、何処だ……?』

 義尚よしなおが目覚めた時、周りにあったものは見覚えのない景色があった。いつものように屋敷の庭にいたことまで覚えているのだが、それ以上の記憶がない。

「う……ん。さて」

 上半身を上げ、頭を軽く振る。すると、少しだけ気持ちが落ちついた気がした。

 そして義尚は、ゆっくりと立ち上がる。手には愛用の刀があること確め、改めて見慣れない景色を見詰めた。

 彼がいるのは、何処かの森の中らしい。

(ここにいても、埒があかないな。ひとまずは、人里へ行こう)

 ゆっくりと道を探して進み、日が落ちる頃には道らしきものを見付けた。それに沿って歩くと、見たこともない景色に目を奪われる。

「あんな建物、!?」

 どうやら、ここは故郷ではない。すれ違う人々の様子を見て、義尚は確信した。


 武藤義尚は、武士の家系だ。武士とはいえその曙は農民だったというが、自分たちの居場所を守るために武装したと伝わっている。

 何代も前から剣道の道場主としてあり、地域の幅広い年代の男女を受け入れてきた。学び己を鍛えたいと望む者を、道場は全て受け入れる。義尚の祖父も父もそうだったし、義尚自身もそれを信条とした。

 若い頃から師範である父にしごかれ、共に学ぶ仲間と切磋琢磨してきた。自分が師範を継ぐことが決まってから、継いでから、義尚が学びを忘れたことはない。


 しかし今この瞬間だけは、己が学んできた全てを疑った。

 まさか、壮年に差し掛かった自分が異世界へと転移するなどと、誰が考えただろうか。

「まずは……この世界のことを知らねばな」

 自分の服装は道場の稽古着だが、それが浮いている様子はない。町に入ると、更に様々な人々がいた。獣の耳を持つ者、目の覚めるような髪色の者、そして義尚とそう変わらない容姿をした者。

 日が落ち切るまで人間観察を続けていた義尚は、暗くなってから今夜の宿がないことに気付く。しかし、つてがあるわけもない。

「どうしたものか……ん?」

 何処からか、もみ合うような険しい声が複数聞こえる。歩を進める毎に、それは近づく。

 見れば、裏通りのような寂れた道で男女が言い合っていた。

 男女がと見えたが、正しくは二人の娘に対してがらの悪い男女数人が言いがかりをつけているようだ。話の内容を聞く限り、多人数の方が娘たちにぶつかって、それを理由に金を強請取ろうというバカな真似をしようとしているらしい。

「……から、わたしたちはあなたたちにぶつかられてっ」

「オレたちの連れが怪我したって言うんだよ。それが嘘だってのか??」

「うぅ、酷いわ。こんなにも怪我が酷いのに」

「ならば、こんなことも出来るはずあるまい」

 音もなく彼らに近付くと、義尚は肩を痛めたと喚く女の腕をねじ曲げてみせた。力を入れず、軽く捻ったつもりなのだが。

「い……痛い痛い痛いッ! 何なのさあんた!?」

「……それだけわめけて腕を振れるのならば、この娘たちが正しいということになるが?」

「あっ」

 義尚の指摘に、女は蒼白となった。義尚の手がすぐに離れてからも、女はブンブンと腕を振り回して彼を嫌ったのだ。

 自分から自分の言い分を否定してしまい、女は固まった。その隣で、連れの男が憤怒に震える。

「貴様ッ」

「逆ギレなど嘆かわしい。素直に引き下がれば良いものを」

「知るか! お前ら、こいつをボコボ、コに……」

 ──ドサッ

 男が命じる前に、義尚は彼の仲間全てを投げ飛ばしていた。呻くだけの仲間たちを前にして、男は声も出ない。

「まだ、やるか?」

「くっ……」

 悔しげに唸るが、男は自分が義尚に敵わないことを察していた。自分よりも十以上は年上の男に対し、畏怖を感じていたのだ。

 それは男の連れの女も、そして義尚に助けられた娘たちも同様だった。

「お……覚えてろよっ」

 よくある悪人の捨て台詞を吐き、男は女を連れて逃げ去った。伸びた仲間の内、気付いた者はその後を追い、伸びたままの者たちはそのままだ。

 後で、誰かが回収するだろう。

 ふう、と義尚は息を吐く。久し振りに、半分くらいの力で倒したか。彼を本気にさせる者は、なかなか現れない。

「あ、あの……」

 その場を去ろうとした義尚の背に、娘たちの声がぶつかる。振り向くと、猫と犬らしき耳としっぽを持つ二人の娘が目を輝かせて義尚を見詰めていた。

「何か?」

「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございます。お蔭で、お金を盗られずに済みました」

「あのままでは怪我もしてたかも。……あなたは命の恩人です。是非、お名前をお訊きしたいのですが……?」

「そこまで持ち上げて頂くような者ではありませんよ。ですが、これも何かの縁でしょう」

 義尚は娘たちに向き直り、柔らかく目を細めた。

「私の名は、義尚。武藤義尚と申します。……何も持たぬ、旅の者です」

「タケフジ・ヨシナオ……ヨシナオさん?」

「ええ。では、お気をつけて」

 袴の裾を翻し、義尚はその場を去った。娘たちは顔を見合わせ、小さな黄色い声で「きゃー」っと叫んでいるなどとは露知らず。


 その後、義尚はこの世界を歩くことにした。役所のような所で聞けば、用心棒という職もあると聞き、それを生業とするようになる。

 いつしか義尚は『流浪の剣士』として知られるようになり、ノイリシア王国である少年たちの師となるのだが。

 それはまた、別のお話だ。


 ―――――

 次回は銀の華の物語。サラのお話です。

 お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る