銀の華の物語―7
サラー1 異世界から来た友だち
これは、サラが銀の華を離れる前のお話。
「ふんふふーん」
サラが鼻歌を歌いながらリドアスの廊下を歩いていると、自分の前を灰色の髪を持つ少女が歩いていているのに気が付いた。灰色の髪を持つ者など、この銀の華には一人しかいない。
(よーし)
助走をつけ、猫のように音もなく飛びかかる。少女が「きゃっ」という可愛らしい悲鳴をあげたが、サラは上機嫌で背中に抱き付いた。
「晶穂、つっかまえた!」
「びっくりした……。サラ、驚かせないでよ」
「ふふっ、ごめんね? 前に晶穂がいたから思わず。何処かに用事?」
悪びれないサラに「もう」と肩を竦めた晶穂だが、サラの後半の言葉に視線を彷徨わせた。何処か恥ずかしげな彼女の反応に、サラが目を輝かせる。
「――わかった。団長の所に行くんでしょ? この先にあるの、団長の部屋だもんね。何? デート?」
「ちっ、違うってば! リンに依頼があるって人が応接室にいらしてるから、呼びに行くだけ!」
顔を真っ赤にして反論する晶穂を見て、サラはぷうっと頬を膨らませた。
「えーっ、つまんない」
「つまんなくても事実ですっ。……もう、サラは変わらないね」
「でしょ? じゃあまた午後にね」
晶穂の背中から離れ、サラは彼女を見送る。午後には、二人で図書館に行こうと約束しているのだ。
約束を覚えているから、晶穂も「うん」と頷き笑って手を振った。彼女の姿が廊下の奥に消えるのを確かめ、サラはくるりと体を反転させた。
「さて、あたしもやるべきことをやっておかなくちゃ」
サラが午前中にやるべきこと、それは猫探しである。
猫の血を引く猫人のサラは、猫の気持ちがよくわかる。ペットの猫がいなくなったという依頼を受け、探し出したことは数知れない。
「見っつけたぁ」
屋根の上で黒ブチの猫を見付けたのは、探し始めてから三時間後のことだった。猫を飼い主に返して報酬を受け取ると、サラはリドアスへと取って返す。
晶穂との待ち合わせまで、後一時間。泥だらけになった服を着替えて昼食を食べて、ノートやペンを用意しなければならない。
待ち合わせ一分前。ギリギリだと駆けていたサラは、待ち合わせ場所の中庭で待つ晶穂を見付けて手を振った。こちらに気付いた晶穂も手を振り返してくれる。彼女の着るワンピースは、サラが作ってプレゼントしたものだ。
「お待たせ、晶穂」
「わたしもさっき来たところ。猫探しお疲れ様、サラ」
「あ、知ってたか。ありがとね」
肩を竦め、サラは小さく笑って応じた。気を取り直し、晶穂の手を引く。
「行こう」
「うん。今日は、この世界の植物だっけ?」
「そうそう。薬草とか綺麗な花とか、毒草とか教えるよ」
「お願いします。サラ先生」
晶穂に無邪気な声で「先生」と呼ばれ、サラは少し心が浮き上がるのを感じた。だから、思い切り微笑んでみせる。
「任せなさいっ」
サラが晶穂に出逢って、二年と少し。晶穂と初めて出逢った時のことを、サラはよく覚えている。
ユーギに連れられ、おどおどと辺りを見回しながら食堂に入ってきた少女が晶穂だった。克臣とジェイスと共に朝食を摂っていたサラは、晶穂の姿を見てすぐに友だちになりたいと思ったものだ。
聞けば、晶穂はこのソディールという世界の住人ではないとか。そのことに驚きはしたものの、晶穂自身の本質とは何も関係ない。
「晶穂っ」
「サラ」
その後も色々なことがあったが、サラにとって晶穂は、とても大切な友人だ。だから、何があっても味方でいたい。
「……ら。……サラ?」
「んにゃ!? あ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
ぼんやりとこれまでのことを思い出していたサラは、向かい合って座る晶穂に呼ばれて我に返った。心配そうに眉を下げる晶穂に、 サラは「何でもない」と微笑んだ。
「もう。声かけても何も言わないし上の空だったから、びっくりしたよ」
「ごめんね? 丁度、晶穂と初対面だった頃のこと思い出してたんだ」
「……そっか。もう二年以上経つもんね」
「そうそう。あの頃も可愛かったけど、晶穂は恋してからもっと可愛くなったよね~」
「さ、サラっ!」
サラが早速からかうと、晶穂は顔を真っ赤にして声をあげた。それでも声を潜めたままだから、流石だと思う。
晶穂は軽く息を吐くと、サラに向かって図鑑のページを見せてきた。この草の薬としての効能を知りたいのだという。
「ああ、これはね……」
サラは非戦闘員だが、何もしていないわけではない。図書館などで知識を集め、それを身に付けているのだ。趣味の園芸裁縫もその一つである。
植物は一通り学び、頭に入れてある。それを教えて欲しいと晶穂に乞われ、二人きりの勉強会と相成った。
そうして時間は過ぎ、そろそろ集中力も切れてきた頃。サラは晶穂に「お茶しよう」と提案した。
「おやつ時だし、何か食べようよ。確か、昨日作ったベイクドチーズケーキっていうのが残ってたよね?」
ベイクドチーズケーキは、晶穂が作ったものだ。ココアクッキーを砕いて底に敷き詰め、上に生地を流して焼いた。他のメンバーにも好評で、もう半分程しか残っていない。
「うん、残ってたと思う。じゃあ、今日はこれくらいで終わろっか」
「よしっ。じゃあ美味しい紅茶も入れるから行こう!」
「え? あ、待ってよサラ!」
ノートも借りた本も置いて行こうとするサラは晶穂に止められ、きちんと本を所定の位置に戻した。その間に晶穂がノート類を鞄に仕舞い、二人は図書館を後にする。
「はぁっ、勉強したねぇ」
「ほんとだね。……外の風、気持ち良い」
図書館を出ると、眩しい日射しが二人を迎えた。目を細めて先に行く晶穂に、サラは「ねぇ」と呼び掛ける。
「何?」
「……ううん、何でもない」
「そうなの? チーズケーキ、食べるんでしょ」
「勿論」
サラは晶穂と並んで手を繋ぎ、歩幅を合わせて歩いていく。
もしかしたら、一生会うことなど有り得なかった友だち。運命の悪戯で交わった縁は、日本の晶穂とソディールのサラたちを結び付けた。
(あたしと友だちになってくれてありがとね、晶穂)
心の中で呟かれた言葉は、晶穂に届くことはない。それでもきっと、晶穂には伝わっている。そう、サラは確信していた。
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