サラー2 異国のお姫さま
ノイリシア王国でノエラの侍女という役割を得て、数年が経った。
サラは仕事にも慣れ、一人で半日程ノエラの相手をすることも増えてきた。そんな時、ノエラが率先してサラに何かを教えてくれる。
「あのね、サラ。この地図を見て」
「はい、ノエラ様。これは……世界地図ですか?」
ノエラが絨毯の上に広げたのは、この世界・ソディールの地図だ。このノイリシア王国、竜化国、スカドゥラ王国、そしてサラの故郷であるソディリスラが描かれている。そっとソディリスラの輪郭を指でなぞるサラに、ノエラは身を乗り出した。
「あのね、サラはここから来たんでしょう? わたしもエルハルト兄上に会うために渡ったけれど、あまり見て回ることは出来なかったから……教えて欲しいな、サラの故郷のこと」
「故郷……。あたしの話で良いのですか?」
突然の申し出に戸惑い、サラは目を瞬かせる。そんな彼女に、ノエラは大きく首肯した。
「もちろん。だって、きっとサラにしか話せないこととか、表現出来ないことがあるはずなんだもん。エルハルト兄上の見方と、サラの見方は違うでしょ? リンお兄さんに晶穂お姉さん、みんなのお話が聞きたいの」
次にリンや晶穂たちと会えた時、たくさんのことを知っていると胸を張りたいのだと言う。そんな見栄っ張りなところを見せられて、サラはぽかんとした後に微笑んだ。
「では、あたしの小さい頃の思い出からお話しましょうか」
「お願い!」
幸いにも、今日は公務がない。勉強する時間までもしばし猶予があり、サラは幾つかの思い出をノエラに語り聞かせた。
商店街にお使いに行って道に迷った幼少期、銀の華の存在を知って出入りするようになり、ジェイスに拾われたエルハと出逢った頃のこと。そして、晶穂と出逢い、大きな運命と戦いの波に巻き込まれたこと。
それらを物語を読むように語ると、ノエラは目を輝かせて聞き入った。目の前にある地図を指差しながら、少し大げさに、臨場感を与えていく。
「……ということがあって、あたしは今ここでノエラ様に仕えているんです。って、ここまで行くとノエラ様もご存知ですよね」
「でも、わたしの見方とはまた違うから。サラのお話、とっても楽しい。……あのね、サラに相談したいことが」
「相談、ですか?」
もじもじと視線を彷徨わせるノエラに、サラは首を傾げた。一国の末姫で兄姉に恵まれたノエラの相談とは、何だろうか。
「それは何で……」
――コンコンコン
サラがノエラに続きを促そうとした直後、部屋の戸が叩かれてアスタールが来たことが知らされた。掛け時計を見れば、もう勉学の時間だ。
「続きは後でね、サラ」
「はい」
結局その時はノエラの相談事とは何かわからないまま、サラはその場を下がるしかなかった。
同じ日の夕刻。サラが廊下を歩いていた時、遠くからノエラが駆けて来た。その姿が危なっかしく映り、サラは思わず声を上げる。
「サラ!」
「ちょっ、ノエラ様!? 危ないですよ」
「平気平気! ……あっ」
「ノエラ様!」
廊下に置かれた石像に足を引っかけ、ノエラの体が
「ご、ごめんなさい。サラ、怪我しなかった?」
「平気です。急がなくてもあたしは何処にも行きませんから、急がなくても良いんですよ、ノエラさ……っ」
「サラ? 怪我してる」
座り込んで話していた二人だが、サラが腕をさすっているのにノエラは気付いた。隠そうとしているのを無理矢理見せさせれば、手の甲側の腕に火傷のような傷が出来ている。
顔を青くするノエラに、サラはぺろりと自分で舐めてみせた。
「大丈夫ですよ、ノエラ様。舐めていれば治り……」
「ダメ! こっちに来て!」
ぐいっとサラのスカートを引っ張り、ノエラは必死な顔で訴えた。反論は認めないという強い意志を持つ目に負け、サラは幼い姫について行く。
自室に戻ると、ノエラはサラを椅子に座らせた。そして、待っているよう厳命して部屋を出て駆けて行く。
「はい、腕出して」
超特急で帰って来ると、ノエラの腕の中には救急箱があった。それを開け、消毒液を取り出す。ティッシュを一枚取り、サラの傷を消毒した。
ピリッとした痛みが走るが、サラはそちらに気が行かない。そんなことよりも、懸命に絆創膏を貼ろうとするノエラの健気さに目を惹き付けられていた。
「……出来た」
「ありがとうございます、ノエラ様」
「こちらこそ、ごめんなさい。早く話したくて、怪我させてしまった」
しゅんと俯くノエラの顔を上げさせ、サラは彼女と同じ目線になるために膝を床に付ける。そっと小さな姫の頬に手を触れると、サラは柔らかく微笑む。
「きちんと謝ることの出来るノエラ様ですから、もう二度と同じ過ちは致しませんよね?」
「はい」
「それならば、このお話は終わりです」
何か、別に話したいことがあったのでは? サラが尋ねると、ノエラはカッと顔を赤くした。その反応だけで、サラにはこれからの話の内容がわかってしまう。
しかし先走ることはせず、サラはノエラを彼女のベッドへと導いた。その縁に座らせ、自分も隣に腰を下ろす。
「あ、あのね……」
数分後、ノエラは初恋を告白した。
その初恋の相手の名を知って、サラは顔が緩むのを抑えられなかった。まさか、あのクールな青年が相手とは。
「あたしは、ノエラ様を応援しますよ?」
「ありがとう、サラっ」
少し、晶穂がリンに恋した当初のことが思い出される。あの時も同じように思ったものだ、とサラはくすぐったい気持ちで少女の言葉を聞いていた。
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