サラ―3 あなたがいるから

 ふと目覚めると、まだ夜は空けていない。サラは寝返りを打ち、しっぽが何かにぶつかるのに気が付いた。

 ふよふよとしっぽを動かすと、それはぴくりと反応する。くすぐったいのか、笑うのを我慢しているらしい。それを知り、寝ぼけつつも面白くなったサラはわざとくすぐってやる。

「さっ、サラ。もう無理、ギブアップ!」

 照明を付けなくても、誰が笑っているのかわかる。サラの隣で肩を震わせて笑うのは、彼女の恋人でありノイリシア王国の第二王子でもあるエルハルトこと、エルハである。

「ふふっ、ギブアップ? エルハ、これに弱いよね」

「サラのしっぽは柔らかいから。それにくすぐられると、耐えることは難しいな」

 上半身を起こし、ベッド横のスタンドライトを付けたエルハが苦笑する。きちんと寝間着を身に着けてベッドを出た彼は、カーテンを一気に開いた。しかし朝の陽射しが入ることはなく、薄明るい早朝の空気を感じられる程度だ。

 それでも、エルハは朝の用意を始める。長兄であるイリスの側人を務める立場にあるエルハは、早朝から仕事があるのだ。

 しかし、猫人であるサラは朝が弱い。寝間着代わりの薄いワンピースは着崩れ、白い肩が丸出しになっている。それを見咎め、エルハがそっと服を直してくれた。

「うにゃ……。ありがとう、エルハ」

「こんな姿、僕以外には絶対に見せないで欲しいな。いや、絶対に見せない」

「大丈夫。あたしはエルハの――」

 皆まで言う前に、サラの唇は封じられた。そっと離れたエルハが、覚醒したサラに意地悪な笑みを見せる。

「きみは、僕の恋人だ。……じゃあ、もう行くね」

「う、うん。行ってらっしゃい、エルハ」

「行ってきます」

 呆然とエルハを見送ったサラは、徐々に体温が上がって来るのを自覚した。唇に指をあてると、まだそこにエルハの熱が残っている気がする。

「エルハ……」

 昨夜のことを思い出し、サラは頬を染めた。銀の華を離れてから、エルハのサラに対する行動の甘さが増した気がする。

 まるで、減った温かさを求めるように。

「エルハもきっと、銀の華のみんなが恋しいんだろうな」

 サラ自身も、なかなか会えない仲間たちのことを思い出すと、寂しさが心に募る。そんな時、余計にエルハの温かさを求めたくなる。そう思うと、二人は似ているのかもしれなかった。

(もうひと眠り、だけ……)

 サラの出勤時間は、エルハよりも遅い。日が顔を出してからで良いため、もう一度ベッドに潜り込むのだった。


 別の日。サラは朝から機嫌がよかった。それは鼻歌を歌いながら掃除をする態度からも察せられ、ヘクセルやクラリスからその理由を尋ねられる程度にはわかりやすかった。

「今日、エルハとデートなんですっ」

 ニコニコと仕事を終わらせると、サラは着替えて待ち合わせ場所へと向かった。今日は午後から半休を貰い、エルハと過ごすのだ。

「エルハ!」

「やあ、サラ。今日は僕が先だったね」

「その前はあたしだよ」

「わかってる。じゃ、行こうか」

「うんっ」

 満面の笑みを浮かべ、サラはエルハの手を取った。エルハもしっかりと彼女の手を握り、二人は人々の波に呑み込まれた。

 今日のデートの目的地は、古い美術館だ。サラたちが生まれるよりずっと前に生きた人々が残したもの、遺物の中でも美術品を展示した施設である。

「今度、兄上について行って遺跡に行くんだ。そちらの知識はないから、勉強にもなるかなって」

「エルハは、こっちに来てから仕事漬けじゃない? 無理するなら、あたしが何としても止めるからね?」

「ありがとう、頼むよ。……だけど、来てよかっただろう?」

「そうだね。とっても綺麗」

 進路通りに進む二人の前に現れたのは、巨大な絵画だ。大昔、女神と出逢ったという画家が、その時の感動を残さんと描いたものだという。

 何処かで見たことがある気がするのは、きっと気のせいではないだろう。エルハやリンたちが出逢った、この世界の女神だ。

「行こうか」

「うん。……いつかあたしも、会えるかな?」

「きっと会えるよ」

「楽しみ」

 にこっと微笑んだサラは、エルハにも微笑まれて赤面した。

 今更だが、エルハの容貌は整っている。時折女性客がエルハをちらちらと見て、サラの存在に気付いて諦めるのだ。

「エルハ」

「なんだい、サラ」

 お茶をしてそろそろ帰ろうかという頃合い、サラは隣にいるエルハを見上げる。何だろうかと首を傾げるエルハに、サラはとびきりの笑顔を向けた。

「エルハのこと、大好きよ。あなたがいるなら、どんな所にだって行ける。……これからもよろしくね」

「僕こそ、サラがいてくれるからノイリシアに戻ろうと決めたんだ。今までもこれからも、僕の傍にいて欲しい」

「──はいっ」

 誰もいない公園のベンチで、二人は互いを大切に抱き締めた。何があっても、支え合い生きていくという決意と共に。

 明るい夜空の下、見守っているのは満月だけだった。


 ─────

 次回は竜化国編です。

 登場予定キャラクター

 ❀アルシナ

 ❀ジュング

 ❀ヴェルド

 ❀タオジ

 ❀ニーザ

 ❀カリス

 ❀エリスタ

 ❀ゼファル

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