融─3 最強の好敵手③
Aグループ一回戦第三試合。それがリンの初戦だった。
Bグループ一回戦第五試合が初戦だった融は、自分の番が来るまでリンの試合を見に行くことにした。
「うわ、人凄いな」
既に二試合が行われたフィールドを見下ろし、融は頬を引くつかせる。観客席は超満員で、どの人も目を輝かせて魅入っているのだ。
融は観客席の後ろの細い通路を進み、やがて出やすくい空席を見付けて腰を下ろす。ほっと息をついたのも束の間、肘が隣の人の腕にあたってしまった。
「ああ、すみま……っ」
「大丈夫だよ、融」
「晶穂……」
思いがけず言葉を失う融に苦笑し、晶穂は目を細めて小さく微笑んだ。
「融も見に来たの? リンの試合」
「あ、ああ。絶対負けたくないからな。そう言う晶穂は、一人なのか?」
「そう。ユキたちは別のところで応援してるはず。ジェイスさんと克臣さんは司会進行とか運営方面で忙しくて、これで勇姿を撮ってきてって頼まれたんだ」
二人共、本当のお兄さんみたいだよね。晶穂は手に持っていたカメラを持ち上げ、肩を竦める。動画も撮ることが出来るカメラで撮影するのだろう。
「ふぅん……。流石にあいつも恥ずかしがるんじゃないか?」
「だろうけど、内心は嬉しいと思う。リンも、あの二人のこと大好きだから」
勿論、融も撮るからね。そう言って、晶穂は楽しそうに微笑んだ。それを聞き、融はゲッと嫌そうな顔をして身を引いた。
「マジか。……うわ、意識しないようにしとく」
「ふふっ、そうして。融もリンも、今は目の前のことに真っ直ぐ向き合っていて」
「……ああ」
その時、リンの試合開始が告げられた。
晶穂は「ほら、応援しよう!」と言って、早速ビデオの電源を入れた。そしてファインダーを見ながら、リンのことを見詰めている。
彼女の表情は楽しそうで、同時に心配そうだった。殺し合いなどもっての他だが、怪我をする可能性は充分にある。それが心配で仕方ないのだろう。
「あっ」
「ん?」
小さく声をあげた晶穂が見詰める先を見れば、融にもリンが入場してきたのが見えた。何かを探すように観客席を見上げたリンと、目が合う。
目を細めてかすかに笑ったリンは、軽く右手を挙げると視線を前に戻す。融は「あいつ、余裕だな」と小さく笑って、ふと隣に目を移した。先程とは違い、ぼんやりとフィールドを見下ろす晶穂の姿がある。
ちょっといたずら心を起こし、融は晶穂の肩をトントンと叩いた。
「……晶穂?」
「───……へっ!?」
「何だよ、あいつに見惚れてたのか?」
「そ、そんなんじゃないもん!」
「もんって……くくっ。お前テンパりすぎ」
思った以上に面白い反応が見られ、融は肩を震わせた。笑いを抑えるのに苦労して深呼吸すると、晶穂が優しい表情でこちらを見ているのに気付く。
「何だよ、晶穂?」
「ううん。……ただ、融のそんな顔が見れて嬉しいなって思って」
「……そういう顔、リン以外に見せない方が良いぞ。あいつも嫉妬くらいするだろ」
「?」
何のことかわからない、というきょとんとした顔で晶穂が首を傾げる。こいつは天然だな、と融は再び苦笑するのだった。
同時に、彼女のそんなところを好ましく思ったのだと内心で呟く。誰にでも平等に優しく、素直な晶穂を。
「……じゃ、俺は行くよ」
「見ていかないの?」
試合開始の前に、融は席を立った。晶穂に問われ、首肯して見せる。
「あいつもきっと、俺の試合は見ないだろうから。手の内が見えたら、面白くないだろ?」
「そっか。じゃあ、また後でね。試合、見に行くから。応援してる」
「ありがとな」
融は軽く晶穂に手を振ると、Bグループの試合が行われる会場へと向かった。彼の背に、リンの試合開始を告げる声がぶつかる。
(必ず
ガキンッという剣がぶつかる音が聞こえた。
夕刻に差し掛かり、いよいよ試合は決勝戦を残すのみとなった。観客の歓声は最高潮に達し、空気を揺する。
何試合もを勝ち進み、やはり融はその舞台に立っていた。
そして、試合相手を眺めやる。その場所には、融が待ち望んだ相手が立っている。
「ようやくだな、リン」
「ああ。手加減はなしだ」
「勿論」
二人はそれぞれの愛剣を抜き、相手を見据える。
決勝戦の審判はジェイスだ。彼ならば、公平で適切な判断を下すだろう。
「試合───開始っ」
よく通る声が、火蓋を切った。融は声と同時に地を蹴り、リンに向かって剣を叩きつける。
しかしリンもそれくらいのことは予想していたのか、剣を横に構えて融の攻撃を受け、弾く。キンッという涼やかな音とは裏腹に、二人の間に火花が散った。
「ちっ」
「こっちから行くぞ!」
体勢を立て直す融に向かい、今度はリンが駆け寄った。正面から振り下ろされた剣に己のそれを添わせ、受け流す。
一度、二度、三度。数えることを忘れる程、二人の斬撃は幾度もぶつかり合う。
どちらも相手の急所─首や胸─を狙っているのだが、相手もそれを見越して決して懐に入らせない。ある意味試合は膠着したまま、激しさだけが増していく。
「凄い……」
その呟きは、誰のものだろうか。観客は声援を忘れ、ただ二人の意地と意地のぶつかり合いに魅入られた。
「凄いな、二人共。気迫が」
「ああ。これは、決着が付くのか?」
目の前で繰り広げられる、風のような速さの戦闘風景。それを見ながら、ジェイスと克臣は苦笑いを浮かべた。
(リン、融……っ)
ガキンッガキンッという金属音と、地面を蹴る音、二人の唸るような声のみが耳に届く。晶穂は祈るように両手を組み、二人の健闘と何よりも無事を祈っていた。
「──っ、はっ」
「くっ──だぁっ」
砂煙が起こり、風が粉塵を巻き上げる。汗とわずかな血を散らし、リンと融の決勝戦は終わる気配を見せない。
時は既に経過し、夜闇が迫っていた。これ以上は、明かりもない野外での試合は続行不可能になる。
「仕方ない」
「試合、止めるのか?」
腕時計を見ていたジェイスが呟くのを聞き、克臣が尋ねる。自分の問いに対して頷かれると、でもさと肩を竦めた。
「あんなに楽しそうに戦うリン、初めて見たんだけど」
「それはわたしもだよ。……今までの戦いは全て、何かの命運がかかっていたから楽しむなんてものではなかったし。文字通り命がけで戦うことばかりだったから……正直、わたしもこのまま戦わせてあげたいところなんだけどね」
ジェイスと克臣が顔を上げると、丁度目の前をリンが飛び出して行った。単純に剣を扱う技量だけで争うこの大会において、魔力や超能力といった
真剣に、真っ直ぐに向き合う二人。その表情は、何処か楽しそうだ。そしてその楽しさは、観客の感情をも巻き込む。
しかし、時間というものは残酷だ。ジェイスは気の魔力で大弓を創り出すと、それに二本の矢をつがえた。
ピン、と張り詰めた弓から矢が飛び出す。それらは正確にリンと融それぞれの目の前の地面に突き刺さり、二人のぶつかり合いを止めた。
「―――っ」
「っ! これは……」
「はい、お疲れ二人共。これ以上は続行不可能だ。……つまり、この勝負は引き分けだね」
指を鳴らして弓と矢を消すと、ジェイスはにこりと微笑んで大会の閉幕を告げた。
翌日早朝。
普段ならば一つ分の空気を裂く音しか聞こえないはずの中庭から、二つ分の剣を振る音が聞こえていた。
あのままでは朝食すらも忘れるだろう、と言うジェイスの指示を受け、晶穂は一人厨房に立っていた。作っているのは、数種類の具材が入ったおにぎりだ。
「二人共、お腹空かせてるだろうな」
くすっと微笑み、おにぎり二つと弁当箱に詰めた副菜を二人分用意する。それらを布バッグに入れて、晶穂は中庭へと向かった。
廊下の窓から見えるのは、楽しそうに剣術修行をするリンと融の姿。融は午前中の船でノイリシア王国に戻ることになっているのだが、きちんと覚えているのだろうか。そんなことを心配したくなる程、二人は鍛錬にのめり込んでいるように見えた。
「何だかんだ言って、仲良くなったよね……」
ふと、ノイリシア王国を離れる前日の夜のことが思い出された。
晶穂のことを好きだと言った融と、自分は晶穂の彼氏だと宣言したリン。晶穂の心にはリンしかいないために応えられなかったが、融も晶穂にとってはかけがえのない大切な人の一人だ。
そこまで考えて恥ずかしくなり、頬を赤くして手をあてて一人照れてしまう晶穂。心を落ち着かせようと小さく深呼吸して、中庭に繋がる戸に手をかけた。第一声を失敗しないよう、息を吸い込む。
「――二人共、おにぎり持って来たよ」
「おお、ありがとな晶穂」
「助かる、晶穂」
剣の鍛錬の為に既に泥だらけ浅い傷だらけとなった二人の青年が、珍しく子どもっぽく笑ってくれた。
―――――
次回は
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます