融─2 最強の好敵手②
融がリドアスに来た夜、食堂はいつにも増して賑やかだった。
リンや晶穂たちも手伝って夕食を作り、剣術大会の成功を祈ったのだ。そのためアラストの町長商店街の店主の一部など普段いない人々もいたのが、更なる賑わいに手を貸していた。
大人たちの対応は文里たちに任せられており、リンたち若者は融と共に話に花を咲かせていた。
「じゃあ、融さんは近衛の仕事をしてるの?」
「そうだ。それと、融で良い。ユキ」
「わかった! 融、近衛ってどんなことするの?」
融は、銀の華の年少組に質問責めされていた。家族や仲間といった関係に幼い頃飢えていた融は、年少者をすげなく扱うことはない。全ての質問に丁寧に答えていた。
「融」
一、二時間経ち、大人たちには酒が周り始めていた。そろそろお
「何だ?」
「ちょっと、話せないか?」
リンが指差すのは、建物の外だ。この時期、昼間に比べて夜は過ごしやすくなっている。
融はコップに残っていた紅茶を飲み干すと、リンに続いて食堂を出た。
「こっちだ」
リンによって開けられたのは、中庭に繋がる扉。そこから外に出ると、夜空を覆うような巨木が迎えてくれた。木の下にはベンチが置かれ、融はリンに促されてそこに腰かける。
「……」
「……」
しばし、どちらも口を開かない。こうやって二人になることはあまりなく、何を話して良いのかわからないのだ。呼び出したはずのリンでさえ。
「……今日は、来てくれてありがとな」
「……約束だったから、な」
ようやく口から零れたのは、そんな愛想もない言葉だった。融はリンと最後に会った時のことを思い出しながら話す。
ノイリシア王国の王城を発つリンと会い、融は晶穂に自分の想いを打ち明けたことを告げた。そして、見事に振られたことも。
「だからこそ、お前に勝ちたいと思った。……間違っても、失恋の腹いせだとか思うなよ? 純粋に、お前の強さを超えたいだけなんだから」
「わかってるよ、俺もそこまで無粋でもないから。……だから、この大会で融とやり合えるのを本当に楽しみにしていたんだ」
リンが右手のひらを開くと、そこに小さな魔方陣の円が現れる。円の中心から、リンの中に収められていた彼の剣が姿を表す。
青い柄を持つ、長剣。それをリンは手に取り、立ち上がって軽く振った。
「俺は、負けないから。お前よりも強いと自分を甘やかし、何もせずに過ごしてきたと思うなよ」
「勿論。もしもそんなことになっていたら、会った瞬間にぶっ飛ばしてたから」
「そもそも、ジェイスさんと克臣さんたちがそんなこと許さないけどな。……俺自身も」
「違いない」
からりと笑い、融も腰の剣に手を掛ける。カチリと音がして、月光を反射して光る刃が見えた。
融とて、かまけていた訳ではない。それどころか、ジスターニやクラリスが呆れる程鍛練に打ち込んだ。エルハやイリスを相手に、模擬戦を飽きるまで繰り返した日もある。
それら全てを明日、リンにぶつけるのだ。
「とはいえ、あたれるかどうかはトーナメント表次第だけどな」
「あたらなくても問題ない。決勝戦、俺とお前でぶつかれば良い」
「そうだな」
二人は小さく笑い合い、カツン、と互いの剣をぶつけ合った。それは激励であり、相手に絶対負けないという強い意志でもある。
彼らが去った後、夜風に揺れる木の葉が微笑んでいるようにかすかな音をたてた。
翌日。晴れ渡った空の下、五月蝿い程に賑やかな歓声が轟いていた。
アラストの中心部から少し離れた場所に、突貫工事で造られた観客席がある。階段状に造られたそれは楕円形に建てられ、囲まれた場所はグラウンドのようなバトルフィールドとなっていた。
「さあっ、始まったな第一回剣術大会! お前ら、戦う準備は良いかー!?」
──おおっ
威勢の良い声を響かせるのは、ノリノリの克臣だ。彼の隣には微苦笑を浮かべたジェイスがおり、克臣からマイクを奪うと大会ルールの説明をする。
「ルールは簡単。トーナメント表通りに戦って頂き、最後に残った者の優勝です。トーナメントはまず、AとBに分かれます。それぞれの優勝者が決勝戦を行う。……何よりも大切なルールは、対戦相手を殺してはならないということ。大会に使うのは皆さんの剣ですが、このようにカバーをつけさせてもらいます」
ジェイスが見せたのは、克臣の大剣だ。そこに、透明なシート状のカバーを被せる。その切っ先で自分の指を切ろうとして見せるが、傷一つつかない。
「……ということで、安全となりますからあっても怪我程度でしょうが。勝敗の決定は、真剣ならば致命傷を負わせたかどうか。もしも規則を護らない者がいた場合……」
「俺たち二人が必ず息根を止めに行くから、覚悟しとけ?」
──……。
しん、と会場が静まり返る。
ソディリスラ中から集まった猛者たちだが、ジェイスと克臣の強さを知らない者はいない。いたとしても、この瞬間に彼らの恐ろしさを肌で理解しただろう。
「うわ、えぐ……」
「俺も、あの二人には逆らいたくない」
静かなバトルフィールドで、融が頬を引くつかせる。するとリンも、同意だという風に首肯した。
静かになったフィールドに、追加ルールを話すジェイスの声だけが響く。騒いでいた観客さえも、耳を澄ませて聞き逃すまいとはさているかのようだ。
「じゃ、始めるか」
ニカッと克臣が笑う。その表情には、先程の鋭く冷たい影はない。
三十名程の参加者を見渡し、克臣は指を鳴らした。同時に大きな水鏡が現れ、画像を映し出す。その画像とは、対戦表だ。
「俺は……Aだな」
「リンはAか。俺はB」
「じゃあ」
「決勝戦で会おう」
リンと融は拳をぶつけ合い、背を向けた。
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