ツユ─3 涙のわけ

 晶穂とサラとアラスト観光をした翌日、ツユは勤めを終えてまずはゴーダのもとを訪れた。

「おはよう、ゴーダ」

「おはよう、ツユ。ああ、昨日のうちに帰ってきてたんだ。お帰り」

「そう、夜の汽車で。ただいま」

 ツユはそう挨拶して、ツユは肩にかけた鞄から小さな紙袋を取り出した。それは何かとゴーダが問うよりも早く、ツユは袋を押し付けた。

「お土産」

「開けても?」

「どうぞ」

 何となく直視せず、あらぬ方向を見ながら待つ。ガサガサと音がして、袋からそれが取り出されたのがわかった。

 ゴーダは深緑のような緑色の石を眺め、破顔した。

「綺麗な石だね。これは、イヤーカフ?」

「うん。三人分、買ってきたんだ。なんか、晶穂たちとそういう流れになって」

 何処か恥ずかしそうなツユに、ゴーダは気を利かせて踵を返す。

「なら、クロザを呼んでくるよ。ちょっと待ってて」

「え? あ、ちょ、待って!」

「待たない。そのままデートでもしてきたら良い。したことなかっただろ?」

「ないけどっ。あっ……もう」

 ツユの文句を完璧に無視して、ゴーダは家の奥へと歩いていく。彼を見送ることしか出来ず、ツユは呆然とその後を見詰めていた。

「…………え?」

 勢いのままに会話をしていたが、ふと思い返せばとんでもない会話をしていないだろうか。ゴーダは何と言っただろう。

「デート。……デートって言った、よね!?」

 待って待って、とツユは頬を赤く染めた。自分とクロザは恋人ではないのに。

(ま、まだ告白もしてないのにっ)

 いつか伝えなければと思ってはいたが、クロザはツユのことを大切に考えてくれている。それは、自他共に認めるところだろう。

 だからこそ、ツユはそれに甘えてきた。彼の気持ちは自分の方に向いているとたかを括り、努力しようとしてこなかった。

 それではダメだと気付いたのは、晶穂とリンを見たからかもしれない。互いを想い合い支え合う姿に、ツユは少なからずショックを受けた。

「……うん、頑張る」

 鞄の紐を握り締め、ツユはクロザが現れるのを待つ。五分程して、クロザが玄関にやって来た。

「ゴーダから、お前が呼んでるって聞いた。とりあえず、お帰り」

「うん、ただいま。あのね……」

 胸の奥が痛い程に鳴っている。ともすれば逃げ出しそうになるのを堪え、ツユはクロザを見上げた。

「これ、お土産」

「へぇ、さんきゅ。開けて良いのか?」

「うんっ」

 手渡す瞬間、お互いの指が触れる。ツユはビクッと引きそうになるのを堪え、出来るだけ不自然にならないようにした。

 そんなこととは知らず、クロザは袋の封を切る。中から現れたイヤーカフを見て、早速耳に付けて見せた。

「どうだ?」

「うん。……よかった、サイズも大丈夫」

「そっか。……なあ、ツユ」

「何?」

 クロザにそっと髪に触れられ、ツユは思わずぴくっと体を震わせた。気付いているのかいないのか、クロザはそっと手を離す。

「今から、何処か行かないか? もうすぐ昼だし、何か食いに行こう」

「い……行く」

「決まりな。着替えてくるから、あの木の前で待ち合わせよう」

 クロザが指差したのは、里で一番大きな木の下だ。ここならば、初夏の強くなり始めた日射しも遮られる。

 一旦クロザと別れ、ツユは自宅で服を着替えた。その間中ドキドキと心臓が五月蝿かったが、緊張よりも喜びが勝る。

「……よしっ」

 ちゃんと想いを伝えよう、唐突にそう決めた。有耶無耶なままにしてきたものに、終止符を打とう。

 一人の女の子として、女性として見てもらえるように。


「お、来たか」

「おっ、お待たせ」

 息を弾ませて待ち合わせ場所へやって来たツユは、珍しく白いワンピース姿だ。フリルなどの装飾が少ないシンプルなものだか、物珍しさからクロザは目を見開いた。

「似合うな、それ」

「あ、ありがとう。……行こう」

 褒め言葉にカッと頬が熱くなるが、ツユは小さく深呼吸して持ちこたえた。

 二人は里から森を抜けたところにある、隠れ家的なカフェへと赴いた。最近出来た店で、味と立地が評判を呼んでいる。

 山小屋のような店に入ると、木の香りが鼻をくすぐった。

 昼時なこともあり、既に席の半分は埋まっている。二人はスタッフに案内され、奥の二人席へと腰を落ち着けた。

「……オレはこれにする。ツユは?」

「あ、あたしはこれ!」

 クロザが店のスタッフに注文を告げると、彼は小さな用紙にメモして去っていった。クロザは具だくさんカレーライス、ツユは米粉パンのサンドイッチセットを選んだ。

 料理が来るまでの間、二人は何でもない会話を楽しむ。それはいつしか、ツユが参加した女子会の話に移っていった。

「それでね、晶穂が……クロザ?」

 気付けば、ツユばかりが喋っていた。それを指摘すると、クロザは目元を優しく緩ませる。

「なんか、楽しそうだなと思った」

「楽しそう?」

「ああ。……こんな話が出来るようになるなんて、思いもしなかった」

 ここでは誰が話を聞いているかわからない。そのためか詳細は伏せられたが、ツユにはクロザが言わんとしていることがわかった。

「……たくさん、後悔してるよね」

「そう、だな。後悔、なんて言葉じゃ言い表せないけど。あ、ありがとうございます」

 丁度、スタッフが料理を運んできた。それを受け取ると、温かな湯気がくゆる。二人は顔を見合わせ、先においしく頂くことにした。


 料理で空腹を満たし、ツユとクロザは店を出て歩き出す。

「あー、旨かったな」

「うん。でもよかったの? 折半でも良かったのに」

「オレが奢りたかっただけだから」

「……うん、ありがとう。ご馳走さまでした」

 感謝を込めて礼を言うと、クロザは「ああ」と笑ってくれた。それだけで、ツユの胸は締め付けられる。

「……ねえ、クロザ」

「どうした? この先に泉があるから、そこでゆっくり話さないか?」

「うん、行こう」

 クロザが背中を見せて歩き始め、ツユは内心ほっと息をついていた。何故なら、こんな道の真ん中で想いを告げようとしていたからである。

 両手で口を押さえ、小さな声で「危なかった」と口にした。その声が聞こえたのか、クロザが振り返る。

「何か言ったか?」

「何でもない。行こう」

 クロザを促し、ツユは彼の隣を歩き出した。

 そこから数分歩いたところに、小さな泉があった。森の中の泉には、木々の緑が映り込んでいる。泉の周りは草地となっており、腰を下ろすことが出来た。

「っはぁ、水の傍は涼しいな」

「だね。……」

「「あのっ……?」」

 同時に声をかけてしまい、ツユとクロザはきょとんとした。そして、自分たちがハモったことに気付くとクスクス笑い出す。

 一通り笑い、ツユは涙目を手の甲でぬぐった。隣のクロザは深呼吸を繰り返し、笑いを収めようとしている。

 そんな様子さえ愛しく感じられて、ツユは無意識に近い状態で口を開く。

「……好き」

「え?」

 クロザに聞き返され、ツユはカッと顔を赤くした。しかし、もう出してしまった声は戻せない。覚悟を決めて、クロザを見詰める。

「クロザが、好き。大好き」

「―――ッ」

「いつも一緒にいてくれて、あたしとゴーダを引っ張って一緒にいてくれてありがとう。あたしの病気を治すために、危険を冒してくれて、ありがとう。でも……」

 そこで、言葉がつかえる。目元が熱くなり、ツユは隣で驚いているクロザの袖を掴んだ。

「でも、お願いだから、もう、誰の命も賭けないで。自分も他人ひとも……その命を消さないで。もうには、戻らないでっ」

「ツユ……」

 クロザの胸に額をつけたツユの肩が震えている。彼女の声を殺した泣き声に、クロザは胸を締め付けられるような感覚に陥った。

 そっと細いツユの体を抱き締め、クロザは「ごめん」と囁いた。

「オレは、たくさんの間違いを犯した。それは、もう償えない罪だ。……そんな血で汚れたオレの手に、ツユは触れてくれるのか?」

「汚れているっていうのなら、あたしも同じ。それでも、あたしはクロザと一緒に居たい。あなたが罪を背負うなら、あたしも支えて歩いて行く。……きっと、ゴーダもそう言うよ」

「だな」

 泣きそうな顔で笑い、クロザはツユの名を呼んだ。

「な……んっ!?」

 涙に濡れた顔を上げたツユは、突然唇に触れたものを感じて硬直した。固まってしまったツユから唇を離し、クロザは視線を外して思いを声にする。

「……オレも、ツユが好きだ。子どもの頃からずっと」

「く、クロザ……。え、と……今のって?」

「自分で考えろ」

 唇に、淡い温度が残る。それを改めて意識して、ツユの体温は急上昇した。

 くらくらするような幸福感と恥ずかしさと驚きで顔を真っ赤にしたツユは、同じく顔を赤くするクロザを至近距離で見詰める。手は相変わらず彼の袖を掴み、見上げるような格好だ。

「クロザも、あたしが、好き……?」

「ああ」

「本当に?」

「嘘で言う言葉じゃないだろ。本当だ」

「……嬉しい」

「お、おいっ」

 ツユはクロザに抱き付き、クロザは慌てふためいて赤面する。それでも邪険に扱わずに不器用に抱き締めてくれたクロザを感じ、ツユは新たな涙を流す。

 触れ合う二人の耳元には、色違いの綺麗な石が輝いていた。


 ―――――

 次回はリョウハンの物語です。

 

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