リョウハン 秘密の関係性

 雪山であれ、夏になれば徐々に雪は溶けていく。緑の大地が顔を出し、小ぶりで儚げな花がひとときの楽園を作り上げる。

「やあ、リヨス。おはよう」

「がう」

 白虎の首を撫でてやり、リョウハンは大きな欠伸をした。

 この山を拠点に魔力の使い方の修行をするリョウハンは、魔種であり、もう一つの力も備えていた。それは昔失われたと思われていた力であり、この世でつかえるヒトは既に二人しかいない。

 サクサクサク。まだ薄く残る雪を踏み分け、誰かが近付いてくる。最初こそ警戒していたリヨスだが、その招待を知ると一転して嬉しそうに尾を振った。

「がうっ」

「久し振りだな、ジェイス。皆、息災か?」

「お久し振りです。ええ、みんな元気にしてますよ」

「リョウハンししょー、リヨス!!」

「おや、シンもいたのか。元気そうで何よりだな」

 リョウハンとリヨスの前に現れたのは、銀の華のジェイスとシンだった。シンは余程寒かったのか、きゅっと巨大なリヨスの体にくっついて離れない。

 そのシンの頭を撫でて、リョウハンはジェイスに向き直る。

「で、用件でもあったのか? こんな山奥までご苦労だが」

「ええ。一息つきましたから、その挨拶に。それから、あなたに訊きたいことがあったので」

「なら、小屋に入ると良い。外はまだまだ寒いからな」

 そう言うと、リョウハンは指をパチンと鳴らした。

「がうっ」

 猫くらいの大きさに縮んだリヨスとシンが、リョウハンとジェイスを先導していく。二匹の後について、ジェイスたちは小屋に入る。

 小屋の中は暖房が効いているのかと思う程には暖かく、リヨスとシンは居間ではしゃぎ始めた。

「で、話とは?」

 絨毯の上で取っ組み合うようにじゃれ合う二匹に目を細め、リョウハンは先手を打った。

「どうせ、お前との関係性について訊きたいんだろう?」

「バレていましたか」

「こんな僻地に一人……シンが一緒だが、来るのはそれくらいだろう。ちょっと長い話になるのは勘弁してくれ」

 腕を組み、リョウハンはソファーの背に体を預けた。わずかに天井へ視線を向け、目を閉じる。

「わたくしは、お前の所の団長の父親と懇意でね。その縁あって、お前が拾われた頃から知ってる」

 初めて見た時は驚いた、とリョウハンは笑った。

「白い髪、白い翼。そして、わずかに開いた目は黄金。まさか、思いもしなかったよ」

「わたしは、生まれた時……拾われた時には鳥人とりひとの特徴を有していたんですね」

 確かめるような声色のジェイスに、リョウハンは頷く。

「そうだ。わたくしにお前を見せて、ドゥラは弱った顔をしていたよ。『このままでは、この子は見付かるかもしれない。何とかして隠さなければ』とね」

「……それは、わたしが鉱山から逃げた二人の子どもだから」

「そうだな。……よく知っているな。誰かに聞いたのか?」

「聞いたというか」

 目を見開いたリョウハンに尋ねられたが、ジェイスは少し困った顔をした。自分の過去や出自に動揺して、仲間のもとから逃げたことを恥じているからだ。

「……まあ、話したくないのなら良いよ」

「ありがとうございます」

 気まずそうな顔をするジェイスに助け船を出し、リョウハンは話を戻した。

「兎に角、心配しているドゥラに、わたくしは言った。『それなら、わからないよう隠せば良い』とね」

 リョウハンの助言に従い、ドゥラはジェイスの髪と翼の色を目眩ましで黒に変えた。漆黒の翼は魔種の翼の色だから、この世界では当たり前のように見るものなのだ。更に、髪色の白は目立ちすぎることが理由だ。

「ドゥラは、お前の容姿を勝手に変えたことを申し訳なく思っていたよ。だから、出自に関するヒントを残した」

「……白い羽根と、鉱石の欠片」

 ジェイスは、自分の部屋の机の引き出しに仕舞ってある小箱の中身を思い出した。それらを彼に手渡したのはドゥラだが、彼の意図は知らずに来たことが悔やまれる。

「わたしが、あの箱の意味をもっと早く知っていたら……」

「知ったとしても、お前の両親は戻ってこない。辛いだろうが、わかっているだろう?」

「……はい」

 ジェイスの両親が、赤ん坊である彼を置いていった理由。それは、今後の生が一切保障出来ないからだ。

 眉間にしわを寄せ、俯き加減で拳を握り締めるジェイス。彼をを見詰め、リョウハンは「さて」と席を立った。

「喉が渇いただろう。この前里に降りた際に買ってきた茶葉がある。久し振りの客に、振る舞ってやろうではないか」

「……はい」

 少し力のない返事を聞き流し、リョウハンはキッチンに立った。

 コンロを二つ備えたキッチンは、広いとは言えない。一人用で充分事足りる。

 湯を沸かし、シュンシュンとヤカンが音をたて始めたら火から下ろす。茶葉を投入し、良い香りが立つまでしばし。

「……これは、わたくしの想像でしかないのだが」

 そう断ってから、リョウハンはジェイスに温かな紅茶を手渡した。

「お前の両親は、決して不幸などではなかったよ。勿論辛いことも多く、人生の半分を占めたかもしれないが」

 言葉を切り、リョウハンはどっかとソファーに体を沈めた。一口紅茶をすすり、微笑む。良い味だ。

「後の半分は、愛する者を見付け、愛する者を産み落とし、幸せだったと思うよ」

「何故、そう思うんです?」

「何故、か」

 ジェイスに問われ、リョウハンは笑った。

「わたくしが、二人からお前を託されたからだよ。託され、ドゥラを呼んで拾わせた」

「───!?」

 驚きで声も出ないジェイスに、リョウハンはカラカラと笑う。

「勿論、一緒に来いと言ったさ。だが、来なかったよ。……『あいつは欲深い。わたしたちは、この子が生きて天寿を全う出来れば幸せだから』ってね。止める暇もなかった」

 すまないな。そう言って頭を下げるリョウハンに、ジェイスは何も言えない。

 ただ、両親が自分がここに生きていることを望んでくれていたのだと知って、何処か安堵した。その心持ちのまま、軽くかぶりを振る。

「あなたは、彼らの願いを叶えてくれた。それだけで充分ですよ」

「……欲のない奴だな」

 黄金の瞳が柔らかく細められるのを見て、リョウハンはようやく肩の荷が下りたように感じた。しかし、それをおくびにも出さない。

 全く別の言葉が、彼女の口から飛び出す。

「とはいえ、まさか竜人りゅうじんの娘と恋仲になるなどと、あいつらも想像だにしなかっただろうがな」

「……その話、何処から?」

「怖い顔をするな。克臣が教えてくれたんだよ、あいつにも春が来たってな」

「そう、ですか」

 不気味なほど冷静に応対したジェイスだったが、その背後には恐ろしいオーラが巻き起こっている。リョウハンは、ジェイスが発した「覚えとけよ」という独り言を聞かなかったことにした。


「……大丈夫。お前も、お前たちも、道を間違えずに進んでいくだろうさ。なあ、リヨス」

「がう」

 山を降りるジェイスとシンの後ろ姿を見送りながら、リョウハンはを閃かせて微笑んだ。


 ────

 次回は、銀の華の物語に戻ります。

 シンのお話です。

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