ツユ─2 女子会
全てが一応の決着を見た年の初夏、ツユの姿はアラストの町角にあった。
フード付きのパーカーを着てキャップを被る姿は男子と見間違えそうだが、下は膝丈スカートをはいている。
初夏とはいえ少し汗ばむ気候のため、ツユの姿は待ち合わせ場所である公園の木陰にあった。
「ごめんね、待った?」
「遅れたー!」
「時間まで、あと二分だから。大丈夫」
ツユの姿を見付け、晶穂とサラが焦った様子で駆け寄ってきた。しかし、まだギリギリ時間より早い。ツユが笑うと、二人はホッとした顔で微笑んだ。
「よかった。今日はツユとサラと遊ぶから楽しみにしてたんだけど、サラが来る船が遅延しちゃって」
「人喰いザメが出たからだったんだけど、丁度警見送りに来てくれたエルハたちがやっつけてくれたんだよ」
キラキラとサラの瞳が輝くのは、恋人の勇姿を語るがゆえだ。そのサメは地元の料理人に渡され、今日のランチメニューとなる予定だとか。
それでも待ち合わせに遅れなかったことに、サラはほっとしていた。
「今日は、男子禁制の女子会だからね! ツユ、覚悟しててよ?」
「あたしに何をさせる気なの……」
サラのテンションの高さに若干気後れ気味のサラに苦笑し、晶穂は二人の肩をたたいた。
「ほら、時間。サラ、今日はツユをアラスト観光で楽しませるんでしょ?」
「そうだった! ふふっ、楽しみにしててね」
「う、うん」
手を引かれ、ツユは戸惑い気味に頷く。古来種の里で同い年の同性はいなかったため、同年代の彼女たちとどう接したら良いのかよくわからないのだ。
しかも、以前は敵同士だった。
ツユの複雑な心境を
アラストは、銀の華の地元だ。ソディリスラ大陸の中央部西側の海辺に位置し、昔から船の中継地点として賑わってきた。
その為か、市場には各地の特産品などが並ぶ。種類が多く、目移りしやすい。
「うわぁっ」
「今日は、アクセサリーが集まる日なんだって。だから、いつもは見ない珍しいものもあるはずだよ」
サラがチラシを手に、催事会場を指差した。市場の中でも更に賑やかなそちらへ、3人は足を向ける。
他の女性客も多い中、ツユも比類に漏れず小物屋の前で足を止めた。色とりどりの自然石をアクセントにしたアクセサリーが並んでいる。
その中の一つを手に取り、眺める。
「その紫の石、綺麗だね」
別のものを見ていた晶穂が、ツユの手にあるものに気付いて声をかける。アメジストに似た輝きと色を持つ石だが、宝石ではない。
ツユの手にあるそれは、磨き込まれた天然石のイヤーカフだ。
「うん。お土産に、しようかな」
「良いと思うよ。……なら、こっちの緑と青もどう?」
晶穂が手に取ったのは、同じデザインの石が違うもの。ツユが、紫の石を誰に贈るかを推測した上での提案だ。
勧められた二つも手のひらに乗せ、ツユは嬉しそうに微笑んだ。
「うん、これにする。値段は……買える」
お手頃価格のそれらを店主に預け、代金を支払う。その際、二つはプレゼント用に包んでもらった。
「晶穂は何か買ったの?」
「え? ……うん、ちょっとね」
ツユが自分とほぼ同じタイミングで代金を支払っていたのを見逃すはずもないが、晶穂は何かを背中に隠して見せてくれない。
「晶穂?」
「うっ……」
ツユがじっと見詰めると、不自然に晶穂は視線を逸らした。
「……」
「……」
「……」
「あーっ、何買ったの?」
「さ、サラ!? 返してっ」
晶穂の後ろから気配なく近付き、サラは小さな紙の袋を二つ、晶穂の手から強奪した。赤面して手を伸ばす晶穂だが、サラはくるくる回って躱してしまう。
そして日の光に中を透かし、ニヤッと笑った。
「そっかぁ、晶穂もお揃いの欲しかったんだぁ?」
「か、返してってば!」
サラから二つの袋をひったくり、晶穂はそれらを大事そうに鞄に仕舞った。ジト目で晶穂に見られても、サラは楽しそうに笑うだけだ。
ツユは中身が気になり、晶穂が席を外した隙にサラに尋ねてみた。
「サラ、何だったの?」
「ん? 晶穂が買ってたもの?」
「そう。あんなに焦って。でも、鞄に入れる時はとっても嬉しそうに見えた」
「あれはね、鞄とかに付けられるチャームだよ。赤と青の花と、シンプルな銀色の小さい花が連なったデザインの」
決して華美ではなく、小さなそれは控えめなデザインのものだ。同じものを二つと聞き、ツユはすぐにピンと来た。
「なるほどね」
「そういうこと。……で、あたしはコレ!」
サラが見せてくれたのは、青い石の付いたネクタイピンと琥珀色の石が付いたヘアピンだ。
「青はあたしの目の色で、琥珀色のはエルハ。ちょっと主張しすぎかもしれないけど、これくらいなら許して貰えるかなって」
「ふふっ、あたしと同じことを二人とも考えてるんだね」
そう思うと、晶穂とサラをより近く感じる。そこへ、晶穂が戻ってきた。
「どうしたの、二人とも?」
「何でもないよ」
「そうそう。それよりっ」
ツユは腕時計の時間を確認してから、晶穂とサラの手を引いた。
「ランチ、しよう! 美味しいとこ、連れていってくれるんでしょ?」
「勿論! あたしオススメのパンケーキのお店とかどう?」
乗ってきたサラが、笑顔で親指を立てて見せた。
二人のノリを見て、晶穂は小さく笑う。そして、市場周辺のガイドマップを鞄から取り出した。
「これもあるし、ランチしながら午後の予定立てよう」
「「賛成!」」
女子三人の、秘密の女子会。
この後、店で生クリームたっぷりのパンケーキを食べながら女子トークに花を咲かせた。
敵同士であった過去では考えられない、楽しい時間。
ツユは改めて、争った相手が銀の華でよかったと思うのだった。そうでなければ、きっとこの未来はあり得なかっただろう。
「……ありがと」
小さな小さな感謝の言葉は、喧騒の中に溶けていった。
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