ソイル─1 おやこになる

 十年程前のこと。ソイルは、同僚たちの前で絶句した。

「……私に、この子どもの親になれと?」

「そういうことだ」

 ザードの無感情な声が地下の城に響く。近くにはハキやイツハ、安宿部あすかべなども立っているが、ザードの目はソイルのみに向けられている。

 ここは、狩人の本拠地である。ソディリスラと呼ばれる大陸の南側に浮かぶ、孤島の中にあるのだ。

「わたしが育ててもいいと言ったのですが、断られてしまいました。……良い実験の被験者になると思ったんですがね」

 至極残念そうにため息をつく安宿部に対し、内心で全員がツッコみたくなった。だからお前には預けられないんだよ、と。

 イツハは無言でかぶりを振り、拒否の意を示した。他の構成員もいるにはいるが、狩人のボスの前に出られる人材は多くない。

 これは、覚悟するしかないだろう。

「……はあ、わかりました」

 藍色の髪をかき上げ、ソイルは白旗を揚げた。このまま自分が拒否してしまえば、目の前で俯く少女がどうなるかわかったものではない。

 ソイルは覚悟を決めると、少女の前で膝をついた。そうしないと、彼女の目を見ることが出来ない。

「お嬢さん、私の名はソイル。……きみの名前を聞いても?」

「……アイナ」

 ごねられるかと思ったが、少女――アイナは思いの外すぐに名前を教えてくれた。

 年齢はと問えば九歳と答える。ソイルが二十一歳であるから、実の娘としてはなかなか説明し辛い年齢差だ。

 改めて、アイナと名乗った少女を見る。薄茶色の長い髪は兎のような二つ結びにして、つり目気味の目は焦げ茶色だ。

「この子は、何処かの孤児院にでもいたんですか?」

「ああ。獣人に両親を殺されたらしく、そんな子どもが預けられる施設を見に行って見付けた。学習成績も見せてもらったが、申し分ない。……立派な戦力に育てろ」

「……はい」

 ザードの言葉に頷き、ソイルはアイナの小さな手を握った。少し目を見張ったアイナだったが、振り払うことはない。素直にソイルについて来る。

「では、私はこれで」

 一同に挨拶をして、ソイルは城を出た。向かうのは、彼の自宅である。


 とはいえ、ソイルたち狩人の部屋はそれぞれ城の中に用意されている。

 彼らが拠点を置くユラフという島は元々無人島であり、店舗や学校などの施設は存在しない。買い出しは週に一度まとめて船で買いに行く。不便だが、表立って活動するような慈善団体ではないため、致し方あるまい。

「さて、ここだ」

 戸を開け、ソイルはアイナを迎え入れた。

 ソイルの自室には部屋が三つあり、そのうち一つは使っていなかった。これからそこをアイナの部屋にする。彼女の身の回りのものはどうしようか、と考えた時、戸が叩かれた。

「はい」

 返事をすると、戸が開かれる。廊下に立っていたのは安宿部だった。

「どうしたんです?」

「いえね。入用なものもあるだろうから、とわたしが使わなくなった机と本棚を進呈しようと思ったんですよ。彼女、手持ちの荷物はほとんどありませんでしたから」

「ああ……ありがとうございます」

 廊下に顔を出せば、子ども用の机と椅子、そして三段のカラーボックスが置かれていた。どうやって運んだのかと思えば、安宿部作成のロボットが軽々と持ち上げてみせる。

 安宿部はソイルと五歳しか違わないはずなのだが、どうも慣れない。変人だからだろうか。

「よし」

 ソイルは安宿部から貰った家具を空き部屋に設置した。その間、アイナには居間として使っている真ん中の部屋で待っていてもらう。一応お菓子と茶を用意したが、クッキーに手を出していた。

「……うまいか?」

「うん」

 一仕事終えたソイルが尋ねると、アイナは素直に頷いた。無表情だった彼女の顔に、仄かな笑みが浮かぶ。甘いものが好きなようだ。

「よかったな」

 どすん、とアイナの前に胡坐をかき、ソイルは不器用な笑みを浮かべた。ずっと一人で生きてきたため、子どもの扱い方などわからない。それでも、アイナが笑うと嬉しかった。

 だからこそ、互いに嫌な気持ちにならないことが大切だろう。ソイルはアイナの目を見て、少し躊躇いながらも口にした。

「……これから、親子になるわけだけど。アイナが踏み込んで欲しくないことがあれば言って欲しい。私もあれば言うけれど……自分に関しては余り執着がないから、何でも聞いてくれていい」

「じゃあ、一つ訊いても良い?」

「どうぞ」

「……ソイルは、どうして狩人になったの?」

「それは―――」

 子どもとは、大人の予想の斜め上を行くものだ。アイナの純粋な疑問に虚を突かれたものの、ソイルは記憶の中に分け入った。


 ソイルは、元々捨て子だった。気付いた時には同じ年頃で同境遇の子どもたちと徒党を組み、南の大陸にある商店や畑を襲っていた。それが生きる方法だと、信じて疑わなかったのだ。

 しかしある時、事件が起こった。事態を重く見た地元の警吏組織に追われるようになったのだ。

「逃げろ、みんな!」

 その日もとある富豪の営む食品店を狙っていたソイルたちだったが、待ち構えていた警吏たちに追われることになった。それぞれに仲間たちは散らばって逃げ、ソイルも町中を抜けて人気ひとけの少ない港の方へと走っていた。

「待ちやがれ、ゴミ野郎共が!」

 誰もいないことを良いことに、ソイルと数人の仲間たちを追って来た警吏が暴言を吐く。ソイルたちも警吏に対して煽り文句を言いながら走っていたため、責められないのだが。

 仲間のうち、勇敢な少年がニヤリと笑う。ソイルたちを守るように、両手を広げて仁王立ちする。

「ぼくらを捕まえようなんてひゃくね―――」

 ―――どさっ

「アジル?」

 立っていたはずの少年が、倒れた。ソイルはびっくりしつつも彼の体を揺する。起きろよ、と声をかけながら。

 しかし、反応はない。それどころか、気が付けば足下が赤く濡れている。

「アジ、ル……?」

「ふんっ。捨て子の集団など、社会のごみもとうぜ―――」

「―――侮辱するな」

 ソイルの拳が警吏の男の鳩尾にヒットする。子どもとは思えない力で吹っ飛ばされ、男は背中を倉庫の壁に打ち付けた。その拍子に、アゼルを殺したナイフが音をたてて転がった。

「ぐっ」

 息を詰め、男が目を白黒させる。彼の仲間たちもまさか子供に反撃されるとは思っていなかったらしく、隙が生まれた。

「逃げよう!」

 その貴重な隙を見逃さず、ソイルは仲間たちを奮い立たせた。自分が殿しんがりを務め、その場を走り去ることに成功した。


「……そんな毎日を繰り返して、気付けば仲間は減っていた。ある時逃げる途中で一人になって、追っ手から逃げるために船に乗り込んだ。その船の行き先が、この島だったんだ。空腹で倒れた私を、狩人が拾って今に至る」

 その時、ソイルを拾った狩人はもういない。彼の「誰にも生きることを邪魔されたくないのなら、強くなれ」という言葉に従って生きてきた。

「……」

「面白くもないだろう? 今は、私たち人間が住みやすい世界にするという目的の為に動いているんだ」

「じゃあ、わたしも戦う。ソイルをもう、独りにはしないよ」

「―――っ」

 余程寂しそうに見えたのだろうか、とソイルは自分の自制能力を疑った。しかし、アイナに問えども表情からはわからなかったと言う。

「言葉が、寂しそうだなって」

「……そうか」

 子どもというものは、つくづく予測不能だ。自嘲的笑みを浮かべ、ソイルは改めてアイナに手を差し出した。

「これからよろしく、アイナ」

「うん。宜しくお願いします、ソイル」

 大きさの違う二つの手が、相手の手を握った。久し振りに感じる温かさに、ソイルは頬が緩むのを必死に抑えなければならなくなった。



 ―――

 ❀ソイル

 狩人の構成員。アイナの養父。この時、二十一歳。

 他人と話す時は敬語。しかし、アイナに対しては言葉遣いが崩れる。


 ❀アジル

 ソイルが幼少期に共に過ごした捨て子。地元の警吏に刺殺された。

 仲間思いで勇敢。


 ❀アイナ

 この時九歳。物心つく前に両親を獣人に殺された。

 ソイルと養子縁組し、共に暮らすことになる。

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