遥 お前と歩む未来が見たい

 イリスが王位を継いで、しばらく時間が経った。

 リンたちと約束した通り、はるかは王城とその城下町を守る警吏として務めていた。今日も一日の仕事を終え、毎夜向かうある場所へと歩みを進める。

 そこは王城の中でも特に人目につきにくく、昔は幼いイリスやエルハが秘密の鍛錬場所として使っていたらしい。今の主は、彼らではないが。

 遥は、その現在の使用者に会いに行く。

「お、やってるな?」

 草むらの向こう、木々の向こうから激しい息遣いと空気を裂く音が聞こえてくる。今日も今日とて同じことをやっているのか、と遥は淡く微笑んだ。

 ガサリと音をたて、遥はその小さな庭へと入り込む。先客は入って来た者が遥だとわかっているからか、気にも留めない。

 初めてイリスとエルハにここを教えてもらった時は、殺されそうになったものだが。

「よお、イズナ」

「……また来たのか、遥。毎日飽きないな」

「お前もな」

 クククッと笑って見せると、イズナは困ったような呆れたような顔をした。そしてすぐ、剣を振る動作の繰り返しへと戻る。

 あの息遣いも空気を裂く音も、全ては隠れて鍛練を行うイズナが発したものだ。

 イズナは育ての親であるゴーウィンの計画に加担し、一時ノイリシア王国を転覆させようと図った。その罰として、五年間の無償労働を課せられたのだ。

 しかし数年が経ち、勤務態度が良いという判断のもとで隠し庭での鍛練を許されるようになっていた。

「……っ」

「……」。

 無言で動作を繰り返すイズナを見守る遥。二人の関係性は、幼馴染であり義兄弟だ。

 共にゴーウィンに拾われて育ち、ノイリシア王国を我が物として神庭へと至ろうとする計画を実行するために育てられた。だからこそ二人共戦闘のプロであり、遥は肉弾戦、イズナは剣術を磨いてきた。

 イズナよりも頭が弱いと自覚している遥は、作戦についてまだ何も知らなかった。しかしイズナはゴーウィンから作戦の詳細を聞き、自ら協力を申し出た。

「……あの頃は何にも知らなかったからな。今度こそは」

「遥、まだいたのか」

 ふと呟いた遥の言葉を聞いていたのか、イズナが汗をタオルで拭きながらやって来る。帰る時はいつも「もう来るな」と言うが、イズナが遥を追い出したことは一度もない。

 遥は己の独白に蓋をして、兄弟と目を合わせた。少し気まずそうなイズナだが、以前よりも目が合う。

「なあ、イズナ」

「何だ、遥」

「あの……。いや、久し振りに手合わせしないか?」

 遥の提案に、イズナは目を見開く。

 実は、遥はイズナに対して「お前が刑を終えるのを待ってるからな」と言おうと思っていた。しかしそんな風にもったいつける間柄でもないなと思い直し、実戦で伝える方法に変えたのだ。気恥ずかしかったことも、理由の一つだが。

「……良いのか? こちらは罪人だ」

「関係ないな。イズナはイズナで、オレの幼馴染だってことは何も変わらない」

「そうか……。ありがとう」

 何にたいしての「ありがとう」なのか、遥にはわからなかった。それでも手合わせを受けてくれるイズナの優しさは変わらないと安堵し、遥も笑う。

「じゃ、やろうぜ」

「ああ」

 二人は狭い庭で左右に別れ、向かい合う。

 遥の手には何も武器はないが、イズナの手には鍛練用の剣が握られている。これから、蹴りを中心とした遥と剣術に重きを置いたイズナの、正反対の二人による手合わせが行われる。

「……」

「……」

 お互いが、お互いの動く瞬間を推し測る。一瞬でも先に動いた方が勝つというのが、二人の手合わせのルールのようなものだった。

 どれだけの時が経っただろうか。ふと、風に木の葉が舞う。

 緑の葉が二人の間を通り抜け、不意に地面に落ちた。風が止んだのだ。

「だあっ」

「はっ」

 二人は同時に駆け出し、互いの武器を相手に向かって突き出した。遥は右足を、イズナは切っ先を。

 互いの片頬をかすり、勝負は第二手に委ねられた。

「水よ!」

 イズナが鋭く叫ぶと、彼の指を起点に水の渦が生まれる。それはやがて渦潮のように激しくなり、周囲の木の葉を巻き込んでいく。

 遥は飛ばされ巻き込まれないよう、身を低くして現状を判断しようとしていた。しかし、そこにイズナが煽りを入れる。

「来いよ、遥!」

「ちぃっ……。言われなくても!」

 遥は自分たちの倍以上はある渦潮の根本に向かって、蹴りを飛ばした。根本であるイズナの指さえどうにかしてしまえば、渦潮は止まる。

「させるか!」

 当然、イズナも抵抗する。渦潮を放り投げ、遥がそちらに目を奪われた隙を突き、剣による斬擊を浴びせかける。

「くそっ」

 遥はそれを足の裏で捌き、剣を起点としてクルリと体を回す。体重をかけられてバランスを崩したイズナの首筋を狙い、回し蹴りを放った。

「……っ、だぁぁっ」

「なっ!?」

 遥の蹴りが阻まれる。何故だと驚き見れば、イズナの創った渦潮が壁となり、遥の蹴りを防いでいたのだ。

 そしてこれが、決定打となる。

「水よ捕えろ、かの者を!」

「がはっ」

 イズナの詠唱に応じた水が細く長く形を変え、彼の剣を取り巻く。その水流の激しさのまま、イズナが斬擊を放つ。

 流石の遥も蹴りだけでな太刀打ち出来ず、びっしょりと濡れて地面に転がされることとなった。

「はぁっ、はぁっ」

「はぁはぁ……。あーくそ、負けた!」

 大の字になり降参を認めた遥は、肩で息をするイズナを見て、勢いをつけ飛び起きる。そして、兄弟を見詰めて微笑んだ。

「やっぱ楽しいわ、お前とだと」

「ふん。……いつまでだって、お前に越されてなるものか」

「言ったな? 絶対追い越してやるから覚悟しとけよ!」

「……ふふっ。絶対負けない、俺もね」

 久し振りに見るイズナの笑みが、遥の中に克明に刻まれた。

 そして、やはり願ってしまう。──イズナと共に、大切なものを守る強さを追い求めたい、と。

 その願いはきっと、イズナも同じだと信じて。


 ─────

 次回はイズナのお話です。

 お楽しみに。

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