ゴーウィン 兄の残した夢跡
──私たちが、この王国を統べる日は近い。
それは、亡き兄の口癖だった。ゴーウィンの兄、カグロ・ウォンテッドは前国王の側近中の側近、所謂寵臣と言われる人だった。
しかし自らが夢見た未来を見ることなく亡くなったのは、いつの頃だったろうか。嬉々として、時には新たな玩具を見付けた子どものように計画について、その計画の進捗について語る兄を最後に見たのはいつだっただろう。
ゴーウィンは今、前王エストラルの息子、シックサードに仕えて彼の息子の世話係をしている。ウォンテッドの家の者だということは、宮仕えを始める時に伏せた。全ては、兄が見た夢を、己の夢ともなったその野望を果たすために。
確実に文官としての功績を上げて王の近くに仕えるようになり、まさか王子の傍係を申し受けるとは思わなかったが。
「ゴーウィン」
「何でしょう、エルハルト様?」
「……ほんを、よんでほしい」
「承りました」
まだ幼く拙い物言いの少年、エルハルト。彼は人見知りが激しいのか、なかなか人前に出ようとしない。ゴーウィン自身も最初は受け入れてもらうことが出来ずに苦労したが、今では膝に乗ってくるくらいには懐かれた。
まさかこの王子も、世話係が王国転覆を狙う者だとは思うはずもない。十才以下の子どもがそれに勘づくなど、怪物でしかないが。
やがて時間が来ると、エルハルトは教師のもとへ行く。勉学や剣術を習うためだ。その間、ゴーウィンは比較的自由が許される。
(いつの間にか、あなたの歳を越してしまいましたよ。兄上)
そっと手元のカップを揺らすと、紅茶から立ち上る湯気がくゆる。まだ温かい紅茶を一気にあおり、ゴーウィンは休憩という名の自由行動へと出た。
「こんにちは、ゴーウィンどの」
「ああ、こんにちは。どうかなさいましたか?」
「はい。実は……」
廊下に出てしばらくして、ゴーウィンは文官の一人に呼び止められた。仕事上の相談をされ、丁寧に答える。すると更に、王へ急ぎの報告をという伝令も受けてしまう。
「全く。ゆっくりと休む暇も与えられませんね」
「申し訳ありません。宜しくお願い致します」
文官に頭を下げられ、ゴーウィンは人の良い笑みで気にしないようにと口にした。
「これも、王城に勤める者の役目ですから。あなたもやることがあるのでしょう? これについては私が対応しますので」
「助かります。では、お願い致します」
再び深々と頭を下げた文官は、急ぎ足でその場を後にした。彼を見送り、ゴーウィンもまた足を速める。向かうべきは、彼の上官たる国王のもとである。
一日の仕事を終え、ゴーウィンはとある場所に向かっていた。石畳を歩く度、カッカッと靴音が聞こえる。
「遅くなってしまった……二人共、待ちくたびれただろう」
ゴーウィンを待っているはずの、幼い子どもが二人いる。
いつか、己の夢を叶える手伝いをしてもらうために。
家の前に着くと、明かりが付いていた。午後十時を回っているが、眠らずに起きて待っていてくれるのだろうか。
「……ただいま」
「「おかえりなさい!!」」
そっと玄関の戸を開けたにもかかわらず、子どもたちはパタパタと駆け寄って来た。
遥は狼人の男の子で粗雑な面もあるが、藍色の瞳の意志は強い。イズナは少し遥よりも大人しいが、水の魔力を持つ魔種の男の子だ。
「もう遅いのに、待っていたのか?」
「だって、お父さんと一緒に過ごしたかったんだ!」
「お父さん、ずっと忙しいから。ぼくと遥でご飯も作ったんだよ」
「そうか、心配をかけたね」
兄弟のように同じような笑顔を見せるが、二人に血縁はない。それでも無邪気に笑う姿に、ゴーウィンの中にわずかに残った良心が疼く。
その度に、ゴーウィンは心に蓋をする。自分が兄の死の後も生き延びた意味は、そこにはないのだと。
夕食を食べた頃には、遥とイズナも船を漕ぎ始めていた。彼らを寝かしつけ、ゴーウィンは屋敷の地下へと向かう。
地下には、兄カグロが残した研究資料が眠っているのだ。日夜ゴーウィンはそれらを使って、元々自分に備わっていなかったはずの『魔力』を身に付けようとしていた。
魔力とは、魔種と呼ばれる人種にのみ許された、神の恵みを指す。人間であるゴーウィンには、本来備わるはずもない力だ。
しかし今、ゴーウィンは人の手によって生み出された魔力─違法魔力─を身に付けようとしていた。
ゴポリ、ゴポリ。どす黒い液体が泡を吐き、異様な気配がゴーウィンの身を包み込む。
「……もう、少しだ」
人ならざるモノを操りし力に、名は存在しない。
─────
次回は
お楽しみに。
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