アゼル 迷い犬

 幼い頃、アゼル・ドルトーサは同い年のアスタール・ジルフォニアと共によく王城を訪れた。王太子候補であったシックサードは二人の義兄弟的な存在であり、それ以上に仲の良い友人でもあった。

「アゼル、アスタール!」

「シックサード様、こんにちは」

「シックサード殿下、おまたせしました」

 大きく手を振ってくれるエストラルに対し、アゼルは手を振り返し、アスタールはお辞儀を返す。数分にも満たないこの瞬間は、三人の性格をよく表している。

 パタパタと王城の庭を駆けて来たシックサードは息を弾ませつつ、大切な友人たちの前に立つ。その顔は、まだまだ幼い少年のそれだ。

 アゼルとアスタールも同じようなもので、周囲の大人たちは彼らを子犬の三兄弟のようだと評した。三人はそんな風に思われているなど知らず、まずはとシックサードの勉強部屋へと向かう。そこで教師から、共に学ぶのだ。

 勉学が得意なアスタールとシックサードが講義中に質問しても、アゼルは眉間にしわを寄せる。元々体を動かすことの方が、彼のしょうには合っているのだ。

 アゼルにとっては欠伸が出るほど退屈だが、座学が生きるためにも必要だということはわかっている。今日の分を受け終えると、アゼルは途端に元気になった。

「よっし、次は鍛練だな! 剣やろうぜ!」

「アゼルは、やっぱりそっちの方が楽しそうだな」

「でしょう? 殿下も言ってやってください。こいつ、学校でも居眠りするんです」

「あっ、アスタールお前っ」

「アゼルが悪いんでしょう?」

 アゼルは言わなくても良いことを言ったアスタールを追いかけ、それを見たシックサードが笑う。何ともない、普段通りの一日のはずだった。

「……なんだ、あれ?」

 勉強と剣の鍛練を終え、三人はお忍びと言う名で城下町へと出掛けた。とある公園を通りがかった時、アゼルが何かを指差して立ち止まる。

 何事かとシックサードとアスタールも立ち止まり、三人は顔を見合わせそれに近付く。近付く毎に、弱々しい動物の鳴き声が聞こえるようになっていく。その声が大きくなるにつれ、三人の足も速くなる。

 木陰に置かれた箱の中で、茶色の毛をしたもふもふの生き物が震えていた。アゼルは目を丸くし、それを凝視して固まる。他の二人も同じようなものだ。

「これ……っ」

「子犬?」

「かわいいけど……弱ってる。どうしたらっ」

 アワアワと慌てるアスタールに、シックサードは「落ち着いて」と幼馴染を諭す。

「一先ず、城に連れ帰ろう。……いや、動物病院の方が良いのか?」

「動物病院……。──あっ。二人共、ついて来て下さい!」

「アゼル?」

「……行こう、アスタール」

「はいっ」

 走り出したアゼルを追い、子犬の入った箱を抱くシックサードとアスタールが続いた。子犬はもう暴れる元気もないのか、ただ震えて丸まっている。

「すみません!」

「ど、どうなさったんですか!?」

 動物病院の扉を勢いに任せて開いたアゼルに、受け付けにいたお姉さんは目を丸くする。しかしシックサードの腕の中を見て、全てを察した。

「こちらへ」

「「「はいっ」」」

 三人は診療にあたる医師に子犬を預け、待合室で待機することとなった。不安な時間がゆっくりと過ぎていく。おそらく一時間もなかったはずだが、三人には何時間もに思えた。


「こちらへ」

 受付のお姉さんはアゼルたちを手招くと、三人を医師の待つ診療室へと通した。

「子犬!」

 診療台の上に、丸くなった茶色の子犬がいた。アゼルが近寄ると、規則正しい寝息をたてていることがわかる。アゼルの両隣にシックサードとアスタールも立ち、眠る子犬を見詰めた。

 薄汚れていた毛は洗われてきれいになり、医師によればご飯もきちんと口にしたらしい。子犬用のミルクをたくさん飲み、お腹いっぱいで眠ったのだとか。

「きみたちが連れて来てくれなければ、この子はおそらく死んでいたよ。……小さな命を助けてくれて、ありがとう」

「……!」

 シックサードやアスタールがそれぞれに笑みを見せて子犬を見守る中、アゼルは医師のその言葉に衝撃を覚えていた。自分たちは、死ぬかも知れなかった命を助けることが出来たのだ、と驚いていた。

「……決めた」

「アゼル?」

「どうしたんです、アゼル?」

 拳を握り締めて呟くアゼルに、シックサードとアスタールは顔を見合わせ尋ねる。しかしアゼルは彼らの問いに明確に答えることなく、独白のように決意を告げる。

「おれは、シックサードもアスタールも……みんなを守る武官になる! それで、どんな小さな命も守れるようになりたい」

 そしてアゼルは、彼の声によって眠りから覚めた子犬の柔らかさを取り戻した毛並みを撫でた。顔を上げて欠伸をする子犬に対し、己の気持ちを鼓舞するように言う。

「お前、おれと来いよ。一緒に、もっと強くなって守れるようになるんだ」

「……わふっ」

 それは欠伸か肯定か。定かではないが、確かに今、子犬の行き先が決まった。

 子犬の声を肯定と取って笑うアゼルに、シックサードとアスタールも笑いかける。

「アゼル、頼むよ」

「ぼくも、負けてられないな」

「ああ。三人で!」

 これが、後にノイリシア史上最高の武官長と語られるアゼル・ドルトーサの始まりだ。


 ─────

 次回は、ゴーウィンのお話です。お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る