ゴウガ 義賊を名乗る者

「クソが……っ」

 ゴウガはネクロのお蔭で血の止まった腕だった場所をさすり、呻く。エルハによって腕を切り落とされ、片腕となってしまった。痛みは既にないが、あるはずのものがないという喪失感は否めない。

 それでも自分たちがすべきことは変わらない、とゴウガはアジトを出た。


 ネクロの配下として彼の野望を手伝うゴウガは、元々町の破落戸ごろつきだった。数人の舎弟を持ち、彼らを使って『義賊』の名のもとに金持ちを中心に襲っていた。

「キリス!」

「おうよ」

 キリスは破落戸だった頃からの馴染みであり、配下の男だ。彼はゴウガの呼び掛けに応じると、目の前で剣を握る門番に向かって棍棒を向けた。

「ひぃっ」

「ここで大人しくしといてくれれば、命までは取らない。……わかったな?」

「……っ」

 ここは、この国でも有数の貴族の館の門の前。義賊として民に富を配分する役割を持つと自称するゴウガたちは、今日も豊かな貴族を襲っていた。

 目の前で地面に尻をつき失禁している男は、商売で財を成した豪商の主人だ。富を得て貧しい者に分け与えることもなく、ただ私腹を肥やして太り切る。

「ま、待ってくれ! か、金なら幾らでも払う。言い値を渡そう! だから助けて……」

「お前も同じか」

 大きなため息をつき、ゴウガは背後で構えている配下に向かって顎をしゃくった。「やれ」という合図だ。

 それに対し、貴族の男は悲鳴をあげた。当然だろう。自分が望むものをやると言ったにもかかわらず、目の前の男たちはそれを受け入れなかったのだから。

 自らが望むと言ったものを目の前に出されて受け取らず、突っぱねる。その意味が、何故ゴウガがそちらを選んだのかという理由が、その貴族には理解出来なかった。

「な、何故だ。何故……」

「五月蠅い」

 館の門をハンマーで壊し、配下の男たちはぞろぞろと敷地内へ入っていく。ゴウガはそれを見届けてから、立ち上がれないものの自分に縋りつく男に向かって、唾を吐きかけた。

「くだらねぇ」

「く、くだらないだと!?」

「そうだよ。くだんねぇ」

 ずいっと貴族に顔を近付け、ゴウガは思い切り眉に力を入れた。

「オレたちは、施してもらいたいんじゃねぇ。……違うんだ」

「? ……うわっ」

 貴族の男は不意を突かれて額を蹴られ、昏倒した。自らが出した液体の中で気を失った男を見下ろし、ゴウガは舌打ちして配下たちの後を追う。

「ケッ。黙っておねんねしてな」

「ゴウガさん、どうしたんです?」

「珍しく、かっかしてるじゃないっすか」

「うるせえ。とっとと仕事に取り掛かるぞ」

 配下たちの言葉も受け付けず、ゴウガはしっしと彼らを追い払った。

「……」

 誰かがハンマーで蔵を壊したらしい。ドゴッという何かが粉砕される音が聞こえた。

 ゴウガはその辺りの庭石に腰を下ろし、持ち主のいなくなった豪勢な家を見上げた。その瞳には、空虚が映る。

「……さん、ゴウガさん?」

「うおっ」

 ぼんやりしていたゴウガは、配下に揺すられて初めて自分がぼうっとしていたことに気付いた。それが恥ずかしくて、誤魔化すように声をかけて来た配下にヘッドロックを決めた。

「い、痛いっすよ!」

「うるせえ。ずらかんぞ」

 見れば、配下たちの手には戦利品がたんまりとある。金で出来たネックレスに、透明な宝石を頂いた指輪。更には何処に隠してあるのを見付けたのか金貨や銀貨、自分には価値のわからない絵画なども見えた。

 ゴウガたちはそれらを全て、闇の商店で換金する。その金は自分たちの分け前を取った後、貧しい人々の暮らす町で配る食べ物や必要なものの経費とするのだ。

 大柄な男所帯だが、移動は静かで速い。このまま帰れば、誰一人捕まることはない。その言葉通り野次馬が集まる頃、ゴウガたちの姿は拠点近くまで戻っていた。


 ゴウガの出自は、貧民街で捨てられた赤ん坊だ。だから、実の両親など知るはずもない。

 生きるために盗みも殺しも覚えたが、世話になった貧民街に集う人々への優しい感情も持ち合わせていた。だからこそ、現状の世の中には反吐が出る思いを持っている。

 何故、骨と皮ばかりの子どもが明日を見ずに死ぬのか。何故、このノイリシア王国という大国は、オレたちを救ってはくれないのか。

 ゴウガはいつしか、期待を持たなくなっていた。


 そんな彼が国家転覆に手を貸すことになるのは、もう少しだけ未来のこと。


―――――

次回は、アゼルのお話です。お楽しみに。

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