ネクロ 知識欲

「これで、よし」

 古い書類の整理を終え、ネクロは息をつく。彼がいるのは、ノイリシア王国で古書の集められた書庫の一室だ。

 ネクロ・ウォンテッドはノイリシア王国の武官長補佐の地位にあるが、古書から知識を得ることが何よりも好きだ。武芸以上に書籍を読み漁ることに至福を感じる。三十半ばになっても出世欲が希薄なのはそのせいか。

 その趣味のため、上官から書庫の整理を頼まれることが多い。今日もまた、面倒臭がりな上官の一人から押し付けられた。

「やあ、ネクロ」

「叔父上、こんにちは。こんなところで珍しいですね。何か書籍をお探しですか?」

「……まあ、そんな所だ」

 ネクロに話しかけてきた男は、ゴーウィン・ウォンテッド。ネクロの父カグロの弟である。また、前王エストラルの傍で働いてきた老臣でもある。

 甥の質問に曖昧な頷きで返し、ゴーウィンは書棚へと向かう。ネクロは邪魔しては悪いとその場を去ろうと扉に手を掛けた。

「ネクロ」

「何でしょう?」

 名を呼ばれ、ネクロはゴーウィンを振り返る。すると叔父は、甥の前に一冊の本を差し出した。随分と古い本で、表紙は所々はげている。

 ゴーウィンの顔と本とを見比べ、ネクロは恐る恐るその本を手に取った。分厚く、重いそれを取り落としそうになって焦る。

「叔父上、この本は何ですか?」

「先代の時代以前からこの書庫に眠る、とある魔術、魔力に関する研究書だ」

「魔力に関する研究書……」

「ああ。知識欲の塊であるお前なら、そうやって目を輝かせてくれると思っていたよ」

 クスッと笑い、ゴーウィンは早速本を開く甥を眺めた。その本を読み解くことで魔力の暗部へと触れるとも知らずに、と。


 それから、ネクロは仕事の後自室に籠って研究書の解読にいそしんだ。彼が本に夢中になることは不思議でも何でもなかったため、誰も不審がることはない。

 ある日の夕刻、ゴーウィンがネクロの自宅を訪ねた。するとネクロは、小さな卓上照明だけで本を読んでいるではないか。

「順調かな、ネクロ」

「叔父上」

「……少し、休んだらどうだ? そうやってのめり込んでいたら、仕事にも影響があろう」

 部屋の照明を付けながら、ゴーウィンが言った。

 明るさに慣れない目を瞬かせ、ネクロは叔父に向かって苦笑いを浮かべる。

「皆休めと一様に言いますが、私としてはこれでも気が休まっているんですよ。本があれば、幾らでも時は過ぎますから」

「私では考えもつかないな。では、解読は順調ということだね」

「ええ。……これは、凄い本ですよ」

 興奮気味に鼻息荒く、ネクロは叔父に本を持ち詰め寄る。ゴーウィンは驚きつつも、楽しげな甥に目を細くした。

「何処までわかったのか、教えてくれないか?」

「はいっ。まず、これはある魔術について書かれています。それは現在確認されている魔力、炎・水・雷・氷・風等とは一線を画し……」

 うっとりと語るネクロの言葉は止まらない。その人の欲を加速させる力もまた、その本の魔力だとは気付きもせずに。

「……ということで、昔誰かが自らの力で創り上げた魔力・毒という人の精神すら操る可能性を秘めた力がここには眠っているのです」

 これからもっと解読しなければ。そう言うネクロののめり込み様は、ゴーウィンの予想を遥かに上回るものだ。

(……我が夢を、王との約束を果たす為に使う者として、目に狂いはなかったということか)

「ではネクロ、今後も頼むぞ。……我ら一族がノイリシアを覇する時まで」

「──はっ」

 違法魔力の持つ力が、徐々にネクロを侵す。幼くして父を喪い叔父に世話になってきたネクロにとって、父を亡くしたショックで自暴自棄になっていた彼にとって、ゴーウィンの言葉は絶対なのだ。




「……何をしている?」

「おじ、うえ」

 泥だらけになり、血だらけのネクロを見下ろしたゴーウィンは眉を潜めた。遠くではネクロに無茶をさせられたと叫ぶ子どもたちの声が聞こえ、「なるほど」と苦笑した。

「また、やったのか」

「みんな、弱すぎる。こんなじゃ……父上には届きません」

 目を伏せ、ネクロは力なく瞼を震わせた。

 ネクロの父は、ノイリシア王国で元武官長だった男だ。王との絆も深く、国のために何でもやってきた人だった。

 息子であるネクロは物心ついた時から父に憧れ、喪って目標も消えてしまった。その為、喧嘩まがいの鍛練を同年代の子どもたちに吹っ掛けては互いに怪我をするという行為を繰り返していた。

 今思えば、寂しかったのかもしれない。誰かに自分を見て欲しかったのかもしれない。

 そんな欲の果て──ネクロは国を揺るがす力に手を染めた。


「全ては、夢半ばで亡くなった父の願いのために」


 ─────

 次回はゴウガのお話です。

 お楽しみに。

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