イズナ 道を外しても尚

 毎日毎日、飽きもせずに顔を見せる男がいる。彼はイズナの幼馴染であり、共にゴーウィンのもとで育てられた兄弟でもあった。

「よお、イズナ」

「はぁ……。お前は俺に会いに来る以外にやることもないのかい? 暇人だな」

「お前が暇にしてるから、オレが様子見に来てやってんだろ?」

「俺はそんなこと頼んでない」

「つれないなぁ」

「さっさと帰れ」

 そんな言い合いはいつものことで、ここ数年毎日のように繰り返されてきた。飽きないのかと問われれば、既に飽き尽くしたとイズナは答える。幾つか言葉に差異はあれど、大きく見れば同じことの繰り返しだ。

 しかし、この掛け合いが彼を救っていることもまた事実。イズナは「帰れ」と遥をすげなく扱いながらも、無理矢理水の魔力で追い出したことは一度もない。

 それどころか、心の何処かで遥が来るのを楽しみにしている自分がいる、とイズナは気付いていた。気付いてはいたが、それを認めるのとはまた別の話だ。


 イズナがゴーウィンの計画を知ったのは、事が起こる五年前だ。

「イズナ」

「何ですか、父上?」

「お前に、重要な話がある」

「……?」

 屋敷の廊下で声をかけられ、そのまま地下室へと導かれた。そこで見た光景を、イズナは忘れられない。

 見たことのない実験器具。おどろおどろしい音を出す液体。息苦しい程に濃い、魔力の気配。それらが一挙に押し寄せ、イズナは咳き込んだ。

「こ、これは……?」

「我が兄の遺産だ。……イズナ、共に国を、世界を変えてみたいとは思わないか?」

「……それに協力すれば、父上は嬉しいですか?」

 今思えば、ゴーウィンに認められたかった自分がいた。

 元気で人当たりも良く、人に助けられることに迷いのなかった幼い頃の遥。流石に成長してからは自分で解決しているが、ぬぐい切れない人の良さを持つ彼を、イズナは少しだけ羨んでいた。

 遥が知れば、「オレの方がイズナに憧れてたんだ」と笑うだろう。粗雑で頭は弱いが、遥は何かが違うように思っていた。

 ただそれが、杞憂だったと知るのには時間がかかってしまったが。

「イズナがいてくれれば、私の望みは早く叶う」

「……助けに、なるのなら」

 戸惑いがなかった、躊躇しなかったと言い切ることは出来ない。タラレバを言えば、もしもこの時断っていればどうなっていただろうかと考える。

 おそらく、野望実行に迷いのないゴーウィンのことだ。秘密を知ったイズナを生かしておくことはしないだろう。

 あの手を取ろうと取らずとも、イズナの運命に差異はなかったのかも知れない。否、命を取り落とさずにいるという点に置いて、全く結果は違っただろうか。


「イズナ!」

 それから、時は経った。

 国家転覆に加担した刑罰として、労役と兵役が課せられた。正直軽すぎるのではと思ったが、そこには多大な恩赦が入っているらしい。

 更に、若き国王継承者であるイリス付きだ。これ程良い立場を得た罪人など、ノイリシアの歴史上にいるだろうか。

 とはいえ、労役では道を造ったり護岸工事をしたり、住居建設を従事したりする。そして兵役として、兵士たちと訓練を共にして、心身を鍛えるのだ。

 一日のスケジュールを終えても、イズナの夜は終わらない。幼いイリスやエルハが使っていたという庭で、自主訓練を行うのだ。

「はっ……はっ……」

 イズナの息遣いが夜闇を震わせ、ビュンッという剣が空を裂く音が響く。一人鍛練に打ち込んでいると、やがて人の気配が近付いてきた。

「……」

 またか、と笑うのも癪だ。イズナはただ無言で鍛練を続ける。ガサゴソと草むらを掻き分ける音がして、幼い頃から知りすぎた青年の姿が目の端に映った。

 青年はしばらくの間、何も言わない。何も言わず、ただじっとイズナの鍛練を見学している。それに気恥ずかしさを覚えてしばき倒したこともあったが、慣れとは怖いものだとイズナは思う。

 一連の流れを終え、肩で息をする。模造剣を振って息を整えると、イズナはくるりと振り返った。

 そしてため息をつきそうな顔で、兄弟─遥─を見やる。そんなイズナに、遥はいつも通りに片手を挙げてみせ、歯を見せて笑った。

「よお、イズナ」

「……また来たのか、遥」

 何度も何度も、何百回と繰り返されてきたこの掛け合いが終わるのは、後十数ヵ月先のこと。それでもイズナの刑期が終わり、遥と同じ警吏の職務を得ても尚、二人の気の置けない会話は続くのだが。


 道を踏み外しても尚、当たり前のように傍にいる友人。それは稀有な存在だと、イズナは一人になると思うのだった。


 ─────

 次回はアスタールのお話です。お楽しみに。

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