エリスタ 変わりゆく中で

 この国は変わった。エリスタは何度も考え浮かんだ答えをもう一度呟いた。

 以前はこの竜化国の中央内部に入り込み、重職に就く者たちの後ろ暗い依頼に応じて来た。そうすることでエリスタは生き延び、そうすることでしか生きて行くことが出来ないでいた。

「しかし、獣人であることは最早かせではないのか……?」

 以前一度、この国の権力者であったカリスに仕えたことがある。その際、不思議な青年たちと出逢った。あの頃は確かに、獣人は肩身の狭い思いをしていたはずなのだが。

 あの頃から一年が過ぎ、エリスタは再び牙城へと戻って来た。

「どういうことだ……」

 町中に、耳やしっぽを丸出しにして歩く獣人の姿が見られる。また、彼らが肩身の狭い思いをしている様子もなく、屋台で食べ物を買っている姿も見た。

 戸惑いを隠しきれないエリスタは、中央議会で案内役をする男に尋ねることにする。どうして、これほどまでに国の中が変わったのか、と。

「タオジ首相の方針が変わったのですよ。なにやら、思う所もあったのでしょうが、彼がようやく本気で国政に力を入れ出した、と皆驚いているのです」

「首相が……。わかった、感謝する」

 男に礼を言い、エリスタはその場を後にした。


 エリスタが生まれ育ったのは、牙城から遠く離れた田舎町だ。そこは獣人が多く住む地域で、猫人であるエリスタも何処にでもいる少年として育った。

 しかしある時、獣人であることで恐ろしい目に合う。

「――じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。お使い、お願いね」

「ちゃんと帽子を被って行くんだぞ」

 少年だったエリスタは、家族の頼みで牙城へとお使いに行くことになった。首都の店にしか置いていない、特別な薬を買いに行く必要があるからだ。

 その時、エリスタは父に耳を隠す帽子を手渡された。それを必ず被り、牙城へ行けと厳命されて。

 しかし幼かったエリスタは、その約束を破ってしまう。真夏で暑かったこともあり、帽子の中が蒸れて人前で外してしまったのだ。

 その時のことを、エリスタは大人になっても覚えている。

 牙城の広場で、薬屋を探す前に一休みをした。その時、エリスタは帽子を取って顔を扇いだのだ。

「おい、獣人だ!」

「何でここに獣人なんかがいるの?」

「怖い……」

 様々な声が耳に届き、エリスタは困惑するしかない。どうして獣人であることで騒がれるのかもわからなければ、どうやってこの場を切り抜ければいいのかも思いつかなかった。

 だから、エリスタは逃げた。全速力でその場を去り、人通りの少ない路地に入り込んで帽子を被った。

「……どうしよう。怖いよ」

 屋根に覆われ薄暗い道をあてもなく歩きながら、幼いエリスタは声を潜めて泣いていた。泣きながらも、当初の目的地である薬屋を探した。

 ようやく薬屋を見付けた時、日はすっかり落ちていた。

「村には連絡しておいてやろう。今日は、ここに泊まりなさい」

「はい……。ありがとうございます」

「良いってことよ」

 薬屋の店主は犬人の老人で、猫人の少年を温かく迎え入れてくれた。

 温かなスープを貰い、それをゆっくりと飲む。猫舌であるエリスタをおもんぱかり、スープはぬるいくらいの温度にしてある。

「……ねえ。どうして獣人っていうだけで、ここの人たちは嫌がるの? 耳としっぽがあるだけで、ぼくたちも同じ人間なのに」

「そうだな。だけどな坊主、特に牙城に住む人々は獣人を怖がっている。昔獣人にこの町が襲われて酷い目に合ったなんて話もまことしやかに流れているが、定かではない。一つ言えることは……」

 店主は熱そうなスープを一口飲み、寂しそうに微笑んだ。

「人は、知らないものを恐れるということだ」

「……しらないものを、おそれる」

 エリスタは納得出来ないながらに、店主の言葉を受け止めた。そして翌日、目的の薬を購入してから自分の村へと帰ったのだった。


 そんな幼い日の思い出から、既に数十年が経過した。数十年あれば、世代が変わる。考え方が変わるのにも、充分な時間なのかもしれない。

「……俺は、その境界線に立っているんだな」

 あの時であった青年たちを、あの男は何と呼んだか。その辺りの記憶は曖昧になっているが、エリスタは思い出し笑いをした。

(きっと、俺などでは思いもつかないような世界を生きているのだろうな。俺も、自分がこんな未来を生きている等と思うことはなかったからな)

 牙城を後にしたエリスタは、その茶色の耳を風にそよがせた。そして誰にも目的地を告げぬまま、ふらりと旅立ったのである。


 ―――――

 次回はゼファルのお話です。

 お楽しみに。

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