春直―3 ぼくの生きる場所

 オオバ村が失われて、丁度二年が経った。

 去年のその日は来ることが出来なかったが、春直は今年、オオバの跡地に年少組の四人でやって来た。元々自宅のあった場所を始め、家々は既に家としての形を成していない。

「家って、本当に人が住まなくなると壊れちゃうんだね」

 朽ち落ちた屋根の欠片に触れ、ユーギが呟く。その隣では、ユキが雑草を凍らせて草抜きをしている。

「そうだね。でも、確かにここには人がいたんだ……。あ、出て来た」

 ユキが何かを見付け、春直を呼ぶ。

 春直は自宅の反対側で唯文と共に草抜きをしていたが、ユキの声に気付いて腰を上げた。抜いた草はその辺りに積み上げ、移動する。

「ありがとう、ユキ」

「どういたしまして。だけど、たった二年で伸びちゃうもんだね」

「それだけ、草の力ってのは凄いんだな。ほら、春直」

「うん」

 唯文に促され、春直はその場に膝をつく。そして、目を閉じて手を合わせた。

「――ただいま。お父さん、お母さん」

 ユキが草抜きをして見付けたのは、雑草に覆われて隠れていた春直の両親の墓だ。

 オオバが古来種の襲撃で廃村となった後、春直はジェイスと克臣によって銀の華に保護された。それから落ち着くまでは少し時間がかかったが、春直は自分から銀の華に入ることを願う。

 その後しばらくして、リンから両親の墓を作るかどうかを問われた。幸か不幸か、村人たちの亡骸は村の各所に散らばっていたらしい。それぞれの名前等が判明し、亡骸を葬ろうという時期だったのだ。

 春直はリンの問いに対して、家の傍に作ることを願った。その願いが聞き届けられ、今墓は二つ並んで立っている。

 小さいが美しい石の使われたそれには、春直を愛して育ててくれた両親の名が刻まれている。その文字を撫で、春直は微笑んだ。

「お父さん、お母さん。ぼく、銀の華で凄くよくしてもらってるんだ。リン団長も、ジェイスさんも、克臣さんも、晶穂さんも、みんないい人ばっかりで。それにね、今日はここにユキたちも来てくれたんだ」

「初めまして、じゃないな。……こんにちは、おれは唯文です」

「ぼくはユキです。お久し振りです」

「ぼくはユーギだよ。こんにちは、春直のご両親」

 春直の両側に膝をつき、三人も手を合わせた。彼らも自分の両親に挨拶をしてくれた、春直はそれがとても嬉しいことだと密かに目を潤ませる。

「……ね。だから、ぼくは大丈夫。何があっても、みんなと一緒に乗り越えるから」

 心配しないで、ゆっくり休んで欲しい。そう心の中で語り掛け、何処かで両親が笑っていてくれたらと願う。

「春直、このお花どうする?」

「あ、それはこっちに」

 春直の両親への挨拶を終え、四人は墓掃除を始めた。

 リドアスから持って来た色とりどりの花を抱えたユーギに問われ、春直は墓の前に立てた二本の筒を指す。地面に直接差し込まれたその筒は、水を適度に保つ魔法がかけられている。適度な期間が過ぎると、勝手に魔法が解けて花は自然に返る。

 花は、アラストの花屋で四人が選んだものだ。春直の情報を元に、彼の両親が好きそうなものを選んだ。しかし何故か色とりどりになってしまった。

「……墓に供える花って、こんなにたくさんの色あったか?」

 日本で過ごした時間のあった唯文は、お盆を知っている。だから墓参りに菊などの花が使われることを知っていたのだが、それとは似ても似つかない花のラインナップに笑いがこみ上げていた。

 唯文が肩を震わせるのを見て、ユキが頬を膨らませた。

「別に良いだろ? 綺麗な花がいっぱいあった方が、きっと春直のお父さんとお母さんも喜ぶよ」

「そうだよ! あの銀の花の花畑も綺麗だっただろ? あれも持って来れればよかったのにな」

「それは止めとけ」

 ユキに便乗したユーギがくすくすと笑い、唯文が呆れ気味にストップをかけた。

 三人の様子を眺めつつ、春直は目を細める。彼らは銀の華に来たことで出逢うことの出来た大切な友人であり、気の置けない仲間だ。四人で両親の墓前に来ることが出来たことが、奇跡のように思える。

(ぼくは、貰った命を生きてる。……どうか、みんなの分まで生きることを許して下さい)

 オオバの隅には、春直の両親と共にあの夜殺された村人たちの墓も立てられている。そちらは既に掃除を済ませたが、春直はもう一度そちらに視線を向けた。

 眠る中には、同年代だった子どもたちもいる。きっと彼らは、春直を恨むだろう。呪われても仕方がないかもしれないと思いながら、春直は思いを籠めて目を閉じた。

 祈っていた春直は、誰かが近付いて来たことに気付いて瞼を上げる。振り返ると、唯文が掃除道具を手に立っていた。少しこちらの様子を気にしてくれている。

「……春直、そろそろ汽車の時間だ」

「うん。行こうか」

 春直は頷き、もう一度だけ両親の墓前に手を合わせた。それから、村の出口で待つ三人の元へと駆けて行く。

 そんな春直の後ろ姿を、ぼんやりと光る人影が二つ、優しく見送っていた。

 ――きっと、もう大丈夫ね。

 ――ああ。あの子はもう、大切なものをたくさん見付けた。

 声もなく、微笑み合う。

 やがて光は失われ、夕暮れに沈む墓が残った。


 ―――――

 次回は『神庭世界編』です。

 登場予定キャラクタ―

 ❀甘音

 ❀ヴィルアルト

 ❀天歌

 ❀シンファ

 ❀刹那

 ❀メイデア

 ❀ベアリー

 ❀ダイ

 ❀行真

 ❀スージョン


 お楽しみに。

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