クロザ─3 後悔を償うことは出来ないが

 銀の華と和解を果し、クロザたちはこれまでの非道な行いの罪を償うべく邁進していた。しかし里の外での古来種の評判は悪く、水をかけられることもしばしばあった。

 全ては己の蒔いた種、そう知ってはいても、堪えるものは堪える。

「ただいま」

「お帰り、クロザ……って、その頬の怪我どうしたの!?」

 今日は護衛の依頼を受けて出掛けていたのではなかったのか。何かがぶつかったような傷を見付けて、ツユが駆け寄って来た。

「ツユ、これ使って」

「ありがとう、ゴーダ」

 ゴーダから受け取った保冷剤をハンカチに包み、ツユはそれをクロザの頬にあてた。冷っとした気持ち良さが傷の熱を奪い、クロザは目を細めた。

 目の前で懸命に傷を冷やすツユを愛しく思いつつ、クロザは彼女の手を取った。細く白い手から、保冷剤を受け取る。

「助かった。後は自分で出来る」

「ねえ、その怪我は……」

「まあまあデカい石を投げつけられただけだ」

 時間が経っても、拳大の石を投げつけて来た少女の泣き顔が忘れられない。人間の少女は、真っ赤に泣きはらした顔で、こう叫んだ。――返せ、と。

 木の椅子に腰を下ろし、クロザは天井を見上げた。

「あの子は、オレたちが皆殺しにしかけた村の生き残りらしい」

「……あれの為に血を集めていた、その時の」

「そうだ、ゴーダ」

 あの雷雨の夜のことは、まるで悪夢のように脳裏にこびり付いている。仕掛けた側が悪夢と言うならば、あの少女や春直は当時のことをどう形容するだろうか。

 ダクトの求めに応じるため、クロザたちは何度となく村や町を襲った。少女と春直の出身村は違うが、出逢った時期は同じ頃だ。

 指を組み、俯いて考えに耽るクロザの前に、ツユが温かな紅茶を置く。その隣に焼き菓子が一つ置かれ、クロザが目を上げるとゴーダが微笑んだ。

「過去はもう覆らない。やったことは、もう言い訳出来ない。だけど、これから変わることは出来る。……決して許されないとわかっているから、変化を見せていくしかない。そうだろう、クロザ?」

「それでも……きつく感じることもある」

 消え入りそうな声で呟くクロザに困った顔をしたゴーダは、ツユを振り返った。どうにかしてくれ、という意思表示である。

 銀の華との決着をつけてから、クロザは暗い顔をすることが増えた。それは己の勘違いと意地が招いた結果であり、嘘を信じた見返りだ。

 そうだとしても、拾われた命だ。

 ゴーダの視線に気付いたツユは、仕方ないと言う風に肩をすくめる。そして、クロザの前に立って両手を腰にあてた。

「顔、上げて。あの猫人の男の子……春直に言われたでしょ?」

「……『殺した分、人を救う』か」

 クロザの脳裏に、世界が崩れる危機に陥った際出逢った春直から言われた言葉がよみがえる。


 ──お前たちは、殺した分、人を救うと誓ったんだろう? じゃあ何で、何で今、ぼくに殺されてもいいなんて言うんだ!? ……ぼくは、そんなこと望んでなんかいない。お前は、お前たちは、これからも生きて誓いを果す義務がある!

 ──どんなに辛く、人に蔑まれようと、後ろ指をさされようと。……それが、お前たちが選んだ道じゃないのか? 贖罪だと、受けるべき罰だと受け入れたんじゃないのか? ぼくは、ぼくの大切なものを奪った古来種を許さない。

 ──だけど、その厳しい道を見守ると決めた。何より、ぼくを救ってくれた仲間の決断だから。……もしも次、リン団長や晶穂さん、仲間たちを傷つけたら、必ずぼくがお前を殺す。


 力では敵わないと知りながら、その思いのありったけをぶつけてきた少年。普段は温厚であろう彼の、嵐のような激情。

 あの言葉があったから、春直に正面からぶつかられたから、クロザは今も生きている。

「『必ずぼくがお前を殺す』か。それまでは、もう道を踏み外さない」

 クロザの瞳に、再び強い光が灯る。そして、小さく苦笑した。

「クロザ?」

「いや、悪い。……久し振りに、これだけ明瞭に思い出したなと思ってな」

 まるで、すぐ傍に春直がいるようではないか。

 そんなわけはないと小さく笑い飛ばすと、ゴーダが「そういえば」と口を開いた。

「どうしたんだ?」

「いや……。最近、麓の町やこの付近で、この辺りでは見たことのない服装の人々が目撃されているらしいんだ。今のところ何の被害もないけど、聞いた話じゃ、海を渡った先にある国の軍人じゃないかって」

「海を渡った先にある国の……? また何でそんな所の奴らがこんな山奥に」

「わからないけど、警戒するに越したことはないと思う」

「そうだな。……見回りの回数を増やすか」

 心を入れ換えてから、クロザたちは古来種の里のみならず、その周辺の町や村も見回るようになった。一般の人々よりも腕がたつ自信はあるし、少しでも心証を良くしたいという思惑もある。

 そのお蔭か、少しずつ古来種に対する目が変わってきたように思うのは気のせいか。気のせいではないことを祈りつつ、クロザは腰を上げた。

「行くぞ、ゴーダ。ツユは留守を頼む」

「了解」

「わかった。気をつけてね」

「……ああ」

 パタンと戸を閉めると、ゴーダが「全く」と肩を竦めた。クロザが振り返ると、ゴーダやれと首を横に振る。

「何だよ?」

「もうそろそろ、ツユとのことをきちんとすべきじゃないのか? どう思う、クロザ」

「ぐっ……。何で今、そんなことを」

 カッと顔を赤くしたクロザに、ゴーダは困ったように笑ってみせた。

「何でもなにも、ずっと前から言ってきたことだよ。ツユも待ってるんじゃないのかな」

「クッ」

 ぐうの音も出ないクロザは、赤くなった顔をゴーダと反対方向に向ける。そしてふと、夜空を見上げた。

 空には満月と共に、無数の星々が瞬いている。ようやく最近になって、クロザには夜空が明るく思えるようになってきた。

「後悔を」

「何か言ったかい?」

 ゴーダに聞き返され、クロザは後頭部を掻いた。

「……後悔を償うことは出来ないかもしれないが、新たな後悔を作らないようにすることは出来る、よな」

「そうだね。傷付けた分、他人ひとを救おう」

「ああ」

 新たな決意を胸に、二人の青年が夜中の森へと繰り出していく。

 まさかこの数日後、因縁の少年と再び出逢うとは、誰も思い付くことさえしなかった。



 ───

 次回はゴーダのお話です。

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