ヴィルアルト 時にはふたりきりで

 神庭を甘音たちに任せたヴィルアルトは、一人アラストにやって来た。昼過ぎの商店街は賑やかで、そこかしこから客引きの声と美味しそうなにおいが漂って来る。

「ここにいるはず、なのだけど……」

 きょろきょろと周りを見ながら、人の波を避けて進む。

 シンプルな黒のパンツに淡い薄紅のトップスを合わせ、春の装いを意識した。長い水色の髪は結い、黒いシュシュでまとめている。ヴィルアルトは高めのヒールで地面を鳴らしながら、ある人を探していた。

 肉屋の主人に尋ね、果物屋のおばあさんに首を横に振られる。そうして小一時間程歩き回り、ヴィルアルトは広場で休憩することにした。

 広場にはキッチンを積んだ馬車があり、そこでは色とりどりの具を巻いたクレープを売っているようだ。子どもたちや若い女性が群がり、各々笑顔でぱくついている。

(おいしそう……)

 コーヒースタンドで買い求めたブラックコーヒーを飲みながら、ヴィルアルトはぼんやりとその光景を見詰める。とはいえ、一人であの中に突撃する勇気はないが。

 コーヒーを飲み終えてそろそろ人探しに戻ろうかと思った時、背後に人影が差した。

「こんなところで何やってんだ、?」

「……あなたを探していたのよ、レオラ。何処に行っていたの?」

 上から見下ろされる形になり、ヴィルは少しすねた声で問う。

 レオラは彼女の夫であり、このソディールという世界を共に守る創造主でもある。ただしかなり自由なたちで、ふらっと人の世界に下りてしまう。更に今は銀の華という自警団を殊の外気に入っていて、事ある毎に遊ぶに行ってしまうのだ。

 ヴィルアルトとしても、銀の華には大きな借りがある。彼らの幸せを、神としての立場ではなく一個人として願っているのだが、それとこれとはまた別の話だ。

 何処に行っていたのか、大体の予想はついている。それでも尋ねたくて、不機嫌を丸出しにしてしまう。

 それでも意に介さず、レオラは持っていた缶ジュースを飲み干して笑った。

「ああ、銀の華を見に行っていた。あいつらも相変わらず、忙しそうにしていたぞ。甘音にも近いうちに連絡を入れると言ってくれたよ」

「そう、ですか……。もう帰られますか?」

「そう、だなぁ。お前は?」

「わたくしは」

 レオラに問われ、一瞬考えてしまうヴィルアルト。夫を探すという目的は果たし、もう帰っても良いはずだ。それなのに、彼女の中に欲が生まれる。

「――いえ、わたくしもあなたを探すという目的は果たしましたので。帰るのならば、お付き合いしますよ?」

 己の欲求に蓋をして石を乗せ、ヴィルアルトは笑みを見せる。ここで駄々をこねても仕方がない、と大人なヴィルの内面が制止するのだ。

「そうか、じゃあ……」

 ヴィルアルトの返答を聞いて少し考えたらしいレオラが、彼女の座るベンチの前に移動した。そしてコーヒーの入っていた紙コップを奪うと、それと空の缶を手に歩いて行く。彼の向かう先を見て、ヴィルアルトは「え」と思わず声を出していた。

「あのっ、レオラ様!?」

「あれ、見てただろ? ちょっと待ってろ」

「え……えぇっ」

 呆然とするヴィルアルトを放置し、レオラは空の容器をそれぞれごみ箱に捨てると、颯爽とクレープ店に向かって行く。

 レオラは今、二十歳前後の見目麗しい青年の姿をしている。ヴィルアルトも同じくらいの年頃だが、生れ落ちた瞬間から神である彼とは違う。

 ヴィルアルトから見ても、レオラは美青年だ。

「……いらっしゃい、何にする?」

 クレープ店の店主らしき男性の声が聞こえる。何処か呆けたような声色に、ヴィルアルトは苦笑を禁じ得ない。クレープ店にいた客たちも呆然としているようだ。

「じゃあ、この『サロとホイップクリームたっぷりクレープ』と『コーヒーゼリーの大人クレープ』を一つずつ頼む」

「毎度あり」

 店主がクレープを用意している間、近くにいた若い女性のグループがレオラに話しかけている姿が見えた。携帯端末を取り出しているところを見るに、連絡先でも聞こうという魂胆だろうか。

(レオラに連絡先は存在しないわ。あると言えばあるけれど、それを知っているのは地上では銀の華くらいかしら)

 自分たちが原因で運命を少なからず捻じ曲げてしまった者たちを思いつつ、ヴィルアルトは微笑する。

「待たせたな」

 しばらくして、レオラが二つのクレープを手に戻って来た。訊けば、確かに連絡先を訊かれたが「連れがいるから」と断ったと言う。

「お前を待たせてるのに、他に気を回す余裕なんてないしな」

「本当に? ふふっ、少し前のあなたからは聞くことなんてなかったセリフね」

「……ほっとけ。ほら、食わないのか?」

 照れ隠しか、レオラはずいっとクレープをヴィルアルトに突き出す。素直に「ありがとうございます」と礼を言い受け取ると、ヴィルアルトは改めてクレープをしげしげと見た。

 ヴィルアルトのクレープは、サロと呼ばれる甘酸っぱい橙色の果物の実とジュレ、そして白いホイップクリームがふんだんに使われている。目を輝かせたヴィルアルトは、早速それにかぶりついた。

「……うまいか?」

「はいっ! ……あっ」

 思わず子どものようにクレープに夢中になっていたヴィルアルトは、年甲斐もなく緩んだ笑顔で返事をしてしまった。すぐにそれに気付き、赤面して顔を伏せる。

「あの、ごめんなさい。わたくしは……」

「……お前がそうやって喜んでくれるなら、それでいい」

「――っ、ずるいです」

 レオラに微笑まれ、ヴィルアルトはそう返すことしか出来ない。

 あれだけ妻を放置してきたレオラだが、ここ最近は昔を取り返す勢いで甘い。それがこそばゆくて嬉しくて、ヴィルアルトは素直になれないのだ。

 しかしレオラはそれすらお見通しで、ツンの強い妻の手を取った。

「ほら、行くぞ」

「行く? 行くって何処に……」

 困惑するヴィルアルトの手を引き、コーヒーゼリーのクレープを食べ終わったレオラは笑った。

「行くだろ、デートだよ」

「あっ……はい」

 頬を染め、ヴィルアルトは頷く。少しだけ素直になった彼女を連れ、レオラはアラストの町中に姿を消した。


 ―――――

 次回は天歌のお話です。

 お楽しみに。

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