甘音─2 共にいてくれる人
現姫神として役割を担う少女・甘音は、今日もまた日課であるおいかけっこに興じていた。
「こらぁっ、逃げない!」
「だって、ツユの教え方難しいんだもん!」
「わからないなら質問しなさいってば」
……おいかけっことは言うが、ただ甘音がツユの教鞭から逃げているに過ぎない。
諸々の事情があり、古来種であるツユを始めとした三人が甘音の世話係としてこの庭に出入りしている。普段はゴーダが教師役なのだが、所用で遅れるとの連絡があったのだ。
そして、今に至る。
現在は、歴史の講義中だ。神話時代の話から、現代の暮らしに至るまで、内容は多岐に渡る。それら全てを頭に入れるのは至難の技だが、甘音はよく頑張っていた。
「またやってんのか、お前ら……」
二人のおいかけっこを見付けたのは、昼寝をしていたクロザだ。彼も甘音の世話役の一人だが、ツユに任せておけば良いだろうと暇を決め込んでいた。
ガシガシと後頭部を掻き、クロザは「おい、いい加減にしろ」と叫ぶ。すると甘音とツユはその場でぴたりと足を止め、罰の悪そうな顔をした。
「今度は何なんだ? 一人ずつ話せ」
「クロザ、ツユの教え方わかりにくい。ゴーダが来るの待ちたい」
「甘音、講義も聞かずに眠そうにしてるの。一生懸命やってるのに……ねぇ、どうしたら良い?」
クロザが若干引く程、二人は彼に迫った。二人共目くじらを立てているが、内容はクロザからしてみれば可愛いものだ。
苦笑し、クロザはツユと甘音それぞれの頭を軽く撫でる。
「わかったよ。甘音は今後もゴーダがいないことは有り得るんだ。オレも努力するしツユにもさせる。だから何がわからないのか、オレたちにもわかりやすいよう教えてくれると助かる」
「わかった」
「で、ツユは逃げるからって言ってすぐ追うな。甘音が何処で眠そうにしてるのかわかれば、もう少し噛み砕いて説明も出来るだろ。この辺りはオレたちにとっても課題なんだから、オレとゴーダにも頼れ」
「わかった。困らせてごめんね、クロザ」
「ごめんなさい……」
殊勝に謝るツユと甘音に苦笑いしたクロザは、木の影の気配に気付いていた。
「わかれば良い。……ったく、何見てんだよ。ゴーダ?」
「バレたか」
「バレるだろ、普通。気付かれないとでも思ったのか?」
肩を竦めるクロザに、ゴーダは「すまない」と笑いながら謝った。それでも肩が震え、笑いを堪え切れていない。
「早く行かないとって急いだんだけど……くくっ。面白いものが見られたよ」
「……笑ってんじゃねえぞ?」
クロザが凄んでも、ゴーダは笑って「ごめん、ごめん」と言うだけだ。そこにツユも加わり、賑やかさが増す。
(なんか良いな、こういうの)
三人から離れた場所に立ち尽くし、甘音は頬を弛ませる。
家族と離れ、銀の華と出逢った。彼らと旅を共にし、再び別れを経て、今彼らと共に過ごしている。
時折レオラとヴィルも庭にやって来て、しばらく話し相手をしてくれる。そして、またねと手を振るのだ。
寂しいと思ったことがないと言えば、嘘になる。寂しさを幹事はするが、きっとそれはまだ序の口なのだろう。
クロザたちとすら別れがあると思うと、甘音はもう少しだけ続くこの時間を大切にしたいと願うのだ。
「おい、甘音。こっちに来いよ」
「え? あ、うんっ」
ぼんやりと三人を眺めていた甘音は、クロザに名前を呼ばれて我に返った。見れば、クロザとツユとゴーダが三人共自分を見ている。柔らかく、穏やかな表情で。
パタパタと甘音が近付いて行くと、ゴーダは秘密を打ち明けるような楽しげな表情で耳打ちしてくれた。
「そういえば、さっきユーギから連絡が来ていたよ。甘音と話したがっていたから、夕方にでも連絡を入れてあげて」
「ホントに!? 絶対するっ」
嬉々として両手を挙げる甘音に、クロザが苦笑して見せた。
「おいおい。それより先に、神通力の特訓だろ? あの女神さまにせっつかれるんだ。手伝うからやるぞ」
「明日は一緒にお菓子作りもしないとね。この前、約束したから」
ツユもまた、姉らしい表情で甘音の髪をすく。
「やることだらけだね。時間は幾らあっても足りなさそうだ」
ゴーダが笑い、甘音は大きく頷いた。
「次、銀の華のみんなが来る時までに、出来ることたくさん増やしとくんだ!」
そのために、やれることは全てやる。無限とも思われる時間がいつか終わることを、誰よりも知っているから。
甘音はクロザとツユの間で二人の手を握り、後ろを歩くゴーダに微笑みかけた。
「三人共、覚悟しててね?」
「やってみろ」
「ふふっ。楽しみだね」
「さあ、行こうか」
眩しい日の光が、四人の姿を照らし出していた。
一瞬の出来事を捉え、焼き付けるように。
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次回はヴィルアルトのお話です。
お楽しみに。
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