ニーザ 見守る者
竜人の秘密を守る里の里長を務めるニーザ。彼女の朝は早い。
日が昇ると同時に起床し、家の中を掃除して食事を作る。食べ終わったら片付けて、歯を磨いたら畑に出る。
別段、年老いたからそうなったわけでもない。里長を継ぐ一族に生を受け、気付いた時には両親に従ってこのような生活リズムが出来上がっていた。
「さて、あれはやったしこれも終わった。……そろそろかね」
ニーザは腰を伸ばすと、畑作業をするための服に着替えた。幾ら土で汚れても良いように、深緑色の地味な上下を着込む。
夏を迎え、朝から暖かい。日が頂点に達すれば、今の数倍は暑さが増す。その前に、とニーザは外に出た。
しかし、そこには先客がいる。
「おはようございます、里長」
「おはよう、アルシナ。……またあんたに先を越されたね。眠くはないのかい?」
「ぐっすり寝ましたし、大丈夫です。そんなことより、これ見て下さい!」
「どれを?」
アルシナが指差す場所を見ると、若々しい芽が顔を出していた。この前植えた野菜の芽だろう。
「ほぉ、よかった。きちんと芽を出したね」
「はい。この調子で、畑を緑でいっぱいにしましょう!」
「あまり
嬉々として鍬を握り締めるアルシナに苦笑し、ニーザは自らも農具を掴んだ。空を見上げても、日はまだ起きて間もない。
「さて、やろうか」
一日の予定全てを頭に思い浮かべ、ニーザは鍬を持つ手に力を籠めた。
ニーザの生まれた家は、この里と共に生きてきた。大昔から竜人と共に暮らし、その秘密を守り続ける役割を担う。
「役割が終わるのは、きっと竜人が滅びた時だろう。それまで彼らを見守り、仲良くしてやってくれるかな」
「勿論です。彼らは私にとっても大切な友人たちですから」
里長を継ぐ日、ニーザは先代である父親とそんな約束を交わした。父もヴェルドたちと仲が良く、父の葬儀の日は彼が泣き腫らしている姿を目にしたことも覚えている。
アルシナもジュングも、ニーザが物心ついた頃から姿形が一切変わらない。子どもの時にそれを不思議に思ったため、父に尋ねたことがある。父はハッとした顔をした後、そうだったねと笑った。
「ニーザはまだ知らなかったか。おいで、この里の本当の姿を教えよう」
そう行ってニーザの手を引き、書庫へと向かった。その場で父は歴史書を開き、簡単に竜人とこの里の関係性を教えてくれた。
「ヴェルドとアルシナ、ジュングは竜人という種族の人々なんだ」
「竜人? 獣人とは違うの?」
「似ているけれど、違う。犬や猫、狼などの特徴を持ち、獣の血を引くのが獣人。対して竜人は、竜の血を引き竜の力を持つ人々のことを指す」
「竜……」
竜の血を引く人々だと言われても、幼かったニーザにはピンと来ない。父親もそれはわかっていたらしく、苦笑を浮かべていた。
「だけど、これはわずかな違いだ。本当に大切なことは、彼らの寿命が僕らとは比べ物にならない程長いことにある」
表情を改めて真剣な顔をした父は、ニーザに緊張感をもたらした。
「竜人の寿命は、僕らの約十倍……千年は固いと言われているんだ。だから、幾つもの出会いと別れを経験している」
「千年……。出会いと、別れ?」
「そう。たくさん悲しい思いもしてきている、ということだね。だから、彼らと共にたくさんの楽しい思い出を作ると良い。それがきっと、僕らに出来る精一杯のことなんだ」
「……わかった。わたし、アルシナたちとたくさん遊ぶ! 楽しいことたくさんして、笑って生きてく!」
「そうしてくれ。……この里は、竜人を守り共に暮らすために作られた。共に泣き、笑い、過ごしていくことが、僕の……そして祖先の願いだ」
「はい」
ニーザが懸命に首肯すると、父は安堵の笑みを浮かべた。
──私たちは、竜人と共に生きる者。彼らを見守り、幸せを願う者。
ニーザもまた、次代を考えなければならない時期に来ている。娘と息子がおり、本人の意志も尊重して息子に里を託すことは決めた。
だからこそ、息子に言う。竜人だからと特別扱いせず、自分がされて嬉しいことを自分以外の者たちにしなさい、と。
息子は四十歳を過ぎ、ニーザの後について仕事を手伝うことが増えた。あとどれほど、里長としてこの里を見詰めることが叶うだろうか。
「どうか、皆が笑顔で」
ニーザは目を閉じ、大地を感じる。そこに住まう人々の安寧と、成長を祈った。
─────
次回はカリスのお話です。
お楽しみに。
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