ジェイス─2 師弟関係

 まだ夜も明けない時から、カンカンカンッと何かがぶつかり合う音が響く。次いで風を切るシュンッという音がして、再び何かが打ち合った。

「さあ、どんどんかかっておいで」

「はいっ。──たあっ!」

 ここは、リドアスの中庭。ジェイスが晶穂の師匠となって戦い方を教え始め一年二年と経ち、三年を迎えようとしていた。

 晶穂の武器は矛だが、今朝は木刀を使って鍛練をしている。真剣も矛も刃物である点では変わりなく、また剣を使う者が多いために一度は触れておこうとなったのだ。

「はっ、はっ……」

「うん、形になってきたね。後もう少し!」

「はいっ」

 元気に返事をし、晶穂の構えた木刀がジェイスのそれと激しく打ち合う。それでもジェイスが押し負けることはなく、やがて体力が底をついた晶穂がへたりこんだ。

 真っ赤な顔をして、晶穂は激しく鼓動する胸に手を置く。呼吸を整えようと、大きく息を吸って吐いた。

「大丈夫かい?」

「はい。ありがとう、ございます」

「休憩しようか」

 晶穂の手を取り立ち上がらせたジェイスは、彼女をベンチへといざなう。水を手渡すと、晶穂はほっと表情を和らげた。

「……随分と様になってきたね」

「本当ですか?」

「うん。リンには怒られるかもしれないけど、晶穂の力は充分実践でも通用するよ」

 ジェイスが手放しで褒めると、晶穂はくすぐったそうに微笑んだ。

「だと良いんですけど。みんなが凄すぎて、自分の立ち位置がよくわかりません」

「まあ……逸脱しているのは否定出来ないな」

 晶穂の指摘にクスクスと笑ったジェイスは、弟分や後輩たちの実力をかえりみる。

 銀の華最強と呼ばれるジェイスだが、おそらくその次点に来るのは同い年の克臣だろう。彼は魔力を持たない人、しかもソディールではなく日本人だ。それでも次点を張れるのは、幼い頃からの絶え間ない努力と彼自身の生まれ持った才覚による。

 ジェイスと克臣の弟分にあたるリンは、魔種の中でも魔力の量が少ない。その代わりに体術を学び、剣術に磨きをかける選択をした。

 晶穂と出逢い心を結んだことで魔力値は飛躍的に向上したが、今後も彼の主軸は前述の二つだろう。

 魔力の量だけならば、ジェイスの次点はおそらくユキだ。彼の氷の力は底が知れず、細雪ささめゆきから氷山まで使いこなす。

 ユーギは体術を、唯文は剣術を極めようと懸命だ。更に春直が独自の力に目覚め力を向上させて来る中で、年少組四人の発展は著しい。

 それぞれの評を聞きながら、晶穂はふと思ったことを口にした。

「そういえば、リンの師匠もジェイスさんなんですよね?」

「ん? そうだね。あの子がまだ小学生の頃、突然戦い方を教えて欲しいって言ってからかな」

「そんなに前から!?」

 唖然とした晶穂に「やっぱり驚くよね」と苦笑を返し、ジェイスはあの時のことを思い出す。

「あの頃、既にリンは両親と弟を失って苦しんでいたんだ。わたしたちも何とか持ち直させようとしたけど、ね。……でもある日、突然わたしの所にやって来て言ったんだよ。『戦い方を教えてください』って」


「──突然どうしたんだい、リン。今まで誘っても全くやりたがらなかったのに」

「それは……」

 ジェイスの問いに目を泳がせ、リンは口を閉ざした。何か理由があるのは明白だが、口にする気はないらしい。

 仕方ないな、とジェイスは苦笑を漏らした。

 リンが、夕刻に何処かへ行っていたのは知っている。その大まかな行き先については検討がついていたが、ジェイスはそれ以上追及しないで済ませた。

「わかった。でも、わたしは甘くないよ?」

「……大丈夫です。お願いします」

「うん」

 パッと顔を上げたリンの表情は、最近見ていなかった笑顔だった。

「よし、走り込もうか」

「はい!」

 戦い方を教えるとは言っても、互いにまだ学生身分だ。ジェイスが習ってきた基礎的なことしか教えられない。

 二人で、二日に一度は克臣も含めて三人で走り込みや単純な稽古を積んだ。時折文里やテッカが指導してくれることもあり、ジェイスと克臣はぐんぐんと実力を伸ばしていく。

 しかし年下でまだ体のでき方も完全ではないリンは、遅れをとった。それでも必死に食らい付き、決して弱音を吐くことはなかった。

「リン、お前何で戦い方が知りたくなったんだ?」

 リンが中学生となったある日、克臣が尋ねた。ジェイスと克臣が高校二年生の頃のことだ。

「それは……」

 口ごもり、躊躇う素振りを見せるリン。

 幼くして家族を失い、子どもらしい感情が顔を見せることの少ないリンは、何を考えて戦おうと考えたのか。ジェイスもずっと気にかかっており、何の気なしにその場で耳を澄ませていた。

「……いつか、お父さんとお母さんと、ユキを捜しに行きたいんです。もう何年も音沙汰なくて、見付けるなんて夢かもしれないけど、それでも諦めたくないって唐突に思って。……それから」

「それから?」

「───っ、何でもないです」

 淡く頬を染めたリンはブンブンと首を横に振り、ジェイスたちの追及を逃れた。

 ジェイスと克臣は知らない。リンがもう少し幼い頃、地球に一人で行ってある人に運命的に出逢うことなど、知る由もない。その出逢いを運命とリンが知るのは、もう少し先のことだ。

「兎に角、そういうことです」

 リンは深呼吸して、照れたのかそっぽを向いた。ぼそりと呟いた言葉に、ジェイスたちは微笑む。

「そういう理由なら」

「わたしたちも頑張らないとね」

「ちょっ……、何するんですか!」

 がっしりと肩を掴まれ、リンは動けない。凄く迷惑そうな顔をしているが、本気で嫌がってはいない。

 リンが本当は少し嬉しいのだと知っているから、ジェイスと克臣は簡単には逃がしてやらないのだ。


「……これが、初期の頃かなぁ」

 若干の脚色もあるかもしれないが、とジェイスは笑った。彼の楽しそうな笑みを見て、晶穂も暖かい気持ちになる。

 だから、晶穂は氷華ひかを取り出した。

「ジェイスさん、もう一戦お願いします」

「喜んで」

 空気から創り出した矛を手に、ジェイスは嬉しそうに晶穂の挑戦を受け入れた。

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