ジスターニ 脳筋男の後輩指導

 ある晴れ渡った、気持ちの良い休日。ジスターニはクラリスと二人、誰もいない鍛練場にいた。

 そこは普段、ノイリシア王国の兵たちが己を鍛えるために使う場所だ。しかし休日ともなれば、皆思い思いに過ごす。休みの日まで仕事をしようという者はほとんどいないし、王もそれで良いと寛容に笑っていた。

 しかし最近、休みになると決まって剣を振るう音が響くようになった。その正体は、ジスターニたちの後輩であり同僚である青年・とおるである。

 鍛練場の入口に体を預け、クラリスが妖艶に微笑んだ。

「全く……アタシらの仲間は休みの日まで鍛練かい? 物好きだねぇ」

「あのリンとかいう奴に勝つと意気込んでいたからな。いつもの鍛練だけじゃあ足りないんだろうよ。結構なことじゃねぇか?」

「まあね」

 呆れたと口にしながらも、クラリスは何処かほっとした顔で融を見ている。彼女は自分と違って察しが良いから、融の中の何かに気付いているのかもしれない。

 融は未だにフード付きの服を来ていることが多いが、顔を隠すことは極端に減った。ほぼなくなったと言っても過言ではない。その原因も、クラリスは気付いているのだろうか。

 ジスターニは、自分が脳筋気味だという自覚がある。力があればほとんどのことは解決すると思っていたし、おそらくその考え方は今後も大きくは変わらないだろう。

 しかし国王が病に倒れ、ヘクセルの考えでソディリスラに渡り、銀の華と出逢う過程で、ジスターニ自身も小さな変化を起こしていた。今までの彼ならば、ヘクセルがあの時泣いていた理由ににも気付くことはなかっただろう。

「さて、と」

「ジスターニ?」

「ちょっとな」

 ふらり、とジスターニが融に向かって歩いていく。彼の後ろ姿にクラリスは声をかけるが、ジスターニは右手を軽く振るだけだ。

「ふふっ。なるほどねぇ……」

 クラリスはジスターニが何をしようとしているのかに気付き、小さく笑みを溢した。

 そんなこととは露知らず、ジスターニは一人剣を振るう融の背に向かって声をかける。この距離だ、融もジスターニには気付いている。

「おい、融」

「何、ですか? ジスターニさん」

 はっはっと短く呼吸しながら、融が動きを止めずに問い返す。それを聞き、ジスターニは腰の剣を鞘から取り出した。

「オレが、稽古をつけてやる。どうだ?」

「それは──有り難いです」

 そう言うが早いか、融の剣がジスターニのそれとぶつかる。ガキンッという音がして、二つの刃がかち合った。

 大柄なジスターニと小柄な融。力の差は歴然としているが、勝負の分はどちらにあるだろうか。

「はあっ!」

「ふんっ」

 一度離れ、再び間合いを詰めて振るい合う。目にも止まらぬ速さで剣を交わし合い、二人はそれぞれ大きく息を吸い、吐いた。

「なかなかやるな?」

「ジスターニさんに褒められると、素直に嬉しいですね!」

 いつものクールな顔に少し喜色を乗せ、融が言う。徐々に、本来の素直さを垣間見せるようになってきた。

(もしかしたら、これはあの娘のお蔭か?)

 融が特に気にかけていた銀の華の娘を思い出す。彼女は確か、団長であるリンの恋人ではなかっただろうか。

(成る程な)

「……何ですか? ニヤニヤして気持ち悪い」

「き、気持ち悪いは酷いな。これでも色々考えているんだよ」

 どうやら融には、ジスターニがニヤついているように見えたらしい。それを不服とし、ジスターニは再び剣を構えた。

「何処からでもかかってこい」

「わかった」

 融は返答するやいなや、体をバネにして跳び上がる。ジスターニの頭上を取り、本気で彼を倒す気で来た。

 だからこそ、鍛え甲斐がある。

 ジスターニはニヤリ、と先程とは違う意味で唇の端を吊り上げた。もう既に、融との距離は幾分もない。

「ハッ」

「──っ!」

 何が起こったのかわからない、という顔で融は何度も瞬きをした。どうして自分が仰向けに転がり、耳の傍にジスターニの剣が刺さり立っているのか。

 一瞬のうちに形勢を逆転させ、ジスターニは融を転がしたのだ。少し離れたところで、クラリスが小さく笑った。

「全く。ただの脳筋には、こんなこと出来ないねえ」

「ヘッ。まだまだ、お前に倒される訳にはいかんのだよ、融」

「……くそっ」

 本気で悔しそうな融に手を貸し、ジスターニは彼を立ち上がらせた。そして、自分よりも小柄な青年の頭を無遠慮に撫でてやる。されるがままの融に、彼を鼓舞する言葉を掛ける。

「リンってやつに勝つんだろう?」

「……勿論」

「じゃあ、もっと研鑽を積まないとな」

「……。ジスターニさん、もう一戦」

「承ろう」

 融の、剣を掴む手に力が籠る。

 ジスターニは彼のやる気に応じ、再び相対した。

 この日、二人の鍛練は日が暮れるまで続いたという。クラリスは苦笑いを浮かべつつも、嬉しそうにヘクセルに語ったものだ。


 ─────

 次回はクラリスのお話です。

 お楽しみに。

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