クラリス たまにはお出掛けを
融やジスターニと共に行動することの多いクラリスは、休日も名ばかりで鍛練に励むことが多い。先週の休みも二人に付き合い、その前は出掛けた直後に引ったくりを捕えて軍に突き出していた。
「クラリス、たまにはわたくしとデートして」
「デート……ですか?」
「そうですわ」
そんな日々が続いたある日、クラリスは警護をしていたヘクセルにそう頼まれた。
クラリスたち三人の主人でもあるヘクセルは、困惑顔のクラリスに頷きかける。部屋に置かれた机の引き出しから手帳を取り出したヘクセルは、パラパラとページをめくる。
「ここは無理で、こっちは予定が……。うん、ここにしましょ」
クラリス、と呼んだヘクセルが振り向いて手帳を開いて見せた。スケジュールが書き込まれたその中に、一ヵ所だけ空欄がある。そこに、赤ペンでぐるぐると何重にも円が描かれていた。
「あの、ヘクセル様? これは……」
「この日は、奇跡的に暇ですわ。ですから、わたくしと買い物に行くのよ! 勿論、父上の許可は取りますわ」
というか、お忍びをもぎ取りますわ。意気込むヘクセルに、クラリスは「あ、はい」と首肯するしかなかった。
約束の日。クラリスがヘクセルの部屋に行くと、既に彼女は着替えを済ませ支度を整えていた。普段も姫君としては落ち着いた装飾の少ないドレスを好むヘクセルだが、今日は一段と良い意味で王族らしくない。
一体何処で手に入れたのか、町で見掛ける少女の身につけるワンピース姿だ。細かな花の模様の散らばるトップス部分の下に、高めの切り返しでふわりとしたスカートが広がる。
クラリスが近付くと、ヘクセルはにっこりと微笑んだ。
「いらっしゃい、クラリス。……その格好で行くつもりかしら?」
少し眉間にしわを寄せたヘクセルに、クラリスは戸惑いを含む声をあげる。
「駄目、でしょうか」
「駄目というか、普段とあまり変わらないように思えるわね。……少し待っていて」
パタパタと部屋の奥へ消えたヘクセルを見送り、クラリスは己の姿を鏡に映す。普段から露出の多い服を着ることが多い彼女だが、それにはきちんとした理由がある。足技・蹴りを得意とするクラリスにとって、露出の多く軽い服はいざというときに戦いやすいのだ。
そんな機能性を重視してきた結果、手持ちの服装もそちらの傾向のものが増えてしまった。更に女友達が少ないということも、拍車をかける。
「お待たせ」
「あ、姫様……それは?」
「以前、サラに作ってもらっておいたの。着る機会がなかったらどうしようかと思っていたわ」
笑って、ヘクセルはその服をずいっとクラリスに押し付けた。そしてそのまま彼女の体を反転させ、ぐいぐいと押した。
「ちょっ、ヘクセル様!?」
「あなたも時には趣向を変えたおしゃれをして、わたくしに見せてくださいな。ほら、わたくしはここで待っているから、着替えてきて」
「う……はい」
ヘクセルの圧しの強さに観念し、クラリスは部屋の奥へと消える。待ち時間、ヘクセルは楽しそうにお茶を
「これを、アタシが?」
手渡された服を机の上に広げ、クラリスは困惑していた。普段ならば、絶対に選ばない服だったからだ。
ヘクセルのワンピースと対になるようあつらえられた、パンツスタイル。伸縮性の優れた生地は、辛うじて足の動きやすさを残している。
そんなことを考えて、クラリスは「いけない」と首を横に振った。これからヘクセルと買い物に行くのだから、戦闘があると思う必要はない。つい、普段の癖が出てしまった。
「折角だから、楽しまないとね」
気持ちを切り替え、ヘクセルは新たな装いに袖を通した。
「お待たせしました。ヘクセル様」
「お帰りなさい。……うん、とっても似合ってるわ。わたくしの本当の姉みたいね!」
「アタシが、ヘクセル様の……?」
「ふふっ、そうよ。勿論容姿は全く違うかもしれないけれど、服装だけでもそう見えるようにってサラにお願いしたんだから」
シンプルながら、パンツの裾とトップスの襟には控えめな花柄が散っている。それはヘクセルのワンピースも同じで、スカート部分の模様と同じものだった。
「じゃあ、早速行きましょう!」
戸惑いを残したクラリスの腕を引き、ヘクセルは意気揚々と王城を飛び出した。
二人が最初に向かったのは、ショッピングモールのように商店が建ち並ぶ大通りだ。カップルや家族連れ、若者のグループなど多くの人々が楽しそうに歩いている。
「たくさんの人ね。クラリス、遅れを取らないでね?」
「え? あ、お待ちくださいっ」
「ここでは敬語禁止よ。妹に丁寧な言葉遣いをする姉なんていないでしょう?」
「うっ……はい。あ、ええ」
この国の姫君がこんなところにいると知られる訳にはいかない。ヘクセルにウインクされ、クラリスはぐっと言葉を飲み込んだ。
慣れずに四苦八苦するクラリスを楽しげに見て、ヘクセルは大通りの人波に身を踊らせた。
今日だけは、姫という立場も部下という立場も、国に仕える者という立場も忘れて楽しみたい。クラリスにも、ただ素直に楽しんで欲しかった。
「行きましょう、お姉さま」
「……ええ、行きましょうか」
降参だと肩を竦め、クラリスは妹と出かける姉を演じることに決めた。目一杯、普通の姉妹として楽しむのだ。
二人はこの後ショッピングを楽しみ、クレープを食べて喋り倒すことになる。いつもの日々では感じられない、楽しい時間を過ごしたのだった。
─────
次回は
お楽しみに。
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