ユーギ─2 町興しイベント
あの盛大な模擬結婚式から数週間後、ユーギは食堂にいた。手元には数枚の『町興し企画書』と書かれた紙と、まっさらな紙が広げられている。
「うーん」
「何してるんだ、ユーギ?」
「あ、唯文兄……」
頭を悩ませていたユーギは、二人分のお茶を手に現れた唯文を見上げて苦笑いを浮かべた。
「へへっ、ちょっと煮詰まっちゃって」
「ん? ……ああ、あのイベントか」
「そう。この前半分くらい冗談でイベントを企画してるって言ってたら、どこから伝わったのかアラストの商工会議所の所長さんの耳に入っててさ」
「『是非』って丸め込まれたのか?」
「半分以上正解。凄く楽しそうに『本当に町興しイベントをしてくれたら嬉しいな』って言われちゃったら後に退けなくて……」
あの所長の笑顔は、断れなかった。いつも眉間にシワを寄せて市場の運営をしている五十代のおじさんが、目を輝かせていたのだから。
ユーギの返事に、唯文は呆れながらも微笑んだ。
「全く、団長そっくりだな」
「そう? そう言われると……ちょっと嬉しいな」
照れ笑いを浮かべ、ユーギは銀の華の団長こと、リンを思う。彼は、自分以上に誰かのために動くことを最優先事項としている。簡単に言えば、お人好しなのだ。
ただのお人好しなら一人で怪我をするだけかもしれないが、リンは周りを巻き込み傷付きながらも少しでも良い方向に持っていく。時には自分の気持ちを圧し殺して前を向く姿は、痛々しくも誇らしく思える。
「そういえば、その団長には相談したのか?」
ユーギの前、書類の邪魔にならないところにお茶の入ったコップを置いてやり、唯文は尋ねた。コップの中を飲んで一息つき、ユーギは首を横に振った。
「相談したかったんだけど、ジェイスさんと克臣さんと一緒に盗賊団の討伐に行っちゃったから。昨日から出掛けてて、帰ってくるのは一週間後だと思う」
「このイベント企画書の〆切は?」
「……五日後」
「成る程。それは無理だな」
最大の相談相手が三人とも不在では、ユーギが頭を抱えたくなるのも頷ける。更に唯文が晶穂の名を挙げたが、サラに呼ばれてこちらも不在だった。
「ただ晶穂さんは、相談なら聞けるから、何でも電話してきてって言ってくれてる」
「よかったな。じゃあ……ユキと春直呼んでくる」
「えっ……」
「あの時もそうだったけど、四人で考えた方が良い案浮かぶし、何より楽しいだろ」
大丈夫だ、と唯文に頭を小突かれ、ユーギはパッと笑顔を浮かべた。
「ありがとう!」
「おう。二人呼んでくるから、お茶でも用意しといてくれ」
「了解」
唯文の背を見送り、ユーギは早速コップを取りに行くため席を立った。
ユキと春直も集まり、四人はまずどんなイベントを開きたいかという意見を出し合った。
「屋台とか?」
「お化け屋敷は?」
「町ぐるみで楽しめるものが良いんじゃないか?」
「うーん……あっ!」
パンッと手を叩いたユーギが立ち上がった。
「スタンプラリー忘れてた! あの時、苦し紛れに思いついたやつだけど」
「そういや言ってたな」
「スタンプラリーかぁ……面白そう」
「うん、それにしようよ!」
満場一致でスタンプラリーに決定し、それを元に企画書をまとめていく。そんな正式書類など作ったことはないが、ないなりにイベントの中身を箇条書きにする。
ペンを持つのは、四人の中で最も字が綺麗な春直だ。話し合いの司会進行は、自然と唯文に割り振られる。
「まず、イベントの名前と趣旨……目的だな」
「イベントの名前か……。『アラスト市場を駆け巡れ! スタンプラリー』は?」
「楽しそうだけど、どんな規模にするつもりなの」
「春直、良いじゃん。それは話し合って決めていけば」
若干不安げな春直の背中をたたき、ユキが先を促す。(仮)だが、イベント名は決定した。
「趣旨は、アラストの魅力をたくさんの人に知って貰うこと。楽しんで過ごして、また来たいと思われることじゃない?」
「ユキ、良いね。じゃあそれでいこう」
トントン拍子で話は進み、市場の店舗にも協力して貰うことになった。参加者は店舗で出されるクイズを解いて、スタンプを集めていくのだ。
「クイズを提供する店については、所長さんに相談した方が良いだろ。それと、景品も」
この二つは、より人が絡む重要事項だ。当事者となる大人の協力が不可欠である。
唯文の言葉に、三人は頷く。自分たちに出来るのはここまでだ。
「よかった。ありがとう、三人とも。ぼく一人じゃここまで出来なかったよ」
三枚に及んだ企画書をファイルに入れ、ユーギは安堵の息を吐く。
「気にするな。それに、みんなで作るイベントって楽しいからな」
「うんうん。四人で企画したし、運営にも携わりたいよね」
「その辺りも出来るんじゃないかな? 運営の皆さんと一緒にやれば、もっと楽しくなるよ」
「よしっ、明日にでもこれを所長さんに提出してくるよ!」
みんなの話し合いの結果を胸に抱き締め、ユーギは嬉しそうに笑った。
次の日、ユーギは宣言通りに商工会議所で企画書を提出した。
思いの外早い提出に所長は驚いていたが、ユーギたちの提案を嬉々として受け入れてくれた。更に、彼ら四人も加えた運営委員会を立ち上げると約束してくれたのである。
「宜しく頼むよ、ユーギくん」
「はいっ。楽しいイベントにしましょう!」
大きく頷いたユーギは
スタンプラリー開催日は、一ヶ月後。ユーギたちがそれまでにすべきことは、たくさんある。
協力してくれる店舗を探し、クイズの作成を依頼。更に告知ポスター作りや使用するスタンプの準備、そして一位から三位への景品選定にも加わった。
「……っよし、いよいよ明日かぁ」
慌ただしくも楽しい日々を過ごし、明日はいよいよイベント当日だ。
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