ユーギ─3 イベント当日

 スタンプラリー当日は、快晴だ。宣伝した甲斐あってか、アラストの市場にはたくさんの人々が押し掛けていた。

「おお、凄い人だね」

 運営委員会の部屋が設置された市場の一角で、窓から身を乗り出したユーギが嬉しい悲鳴を上げた。室内には唯文とユキ、春直も顔を揃えている。

「世間的な休日に合わせたとはいえ、この人出は予想外だな」

「この日のために、限定の汽車乗車券が発売されたし、市場で使えるクーポンまであるからね」

「……この短期間でそこまで用意したのか。凄すぎるな」

「うん。執念すら感じるよね」

 唯文と春直がヒソヒソとそんな話をしているとは露知らず、ユーギの傍にユキがやってきた。

「そういや、ユキ。団長たちは?」

「午前中には顔を出すって言ってたから、もうすぐ来るんじゃないかな? 何でも手伝うって言ってくれたから、無茶振りしたけど」

「無茶振り……?」

 一体、ユキは実兄に何を頼んだのだろうか。中身を聞きたくとも、ユキは人差し指を口元にあてて笑うだけだ。

「……まあ、良いけど。晶穂さんは昼前にアラストに着くんだっけ?」

「そうそう。思いの外用事が長引いたことを謝られたな、電話口で。でも向こうのお土産持って帰って来てくれるって言ってたし、楽しみだね」

 晶穂が出向いていたのは、海を渡ったノイリシア王国だ。そこには、かつて銀の華で共に過ごしたサラとエルハがいる。

 サラに頼まれ、晶穂は王族が集まる晩餐会の支度の手伝いのためにノイリシアへ向かった。しかし色々あって当日も手伝うことになり、更に後片付けまでいなければならなくなったらしい。

「電話口では少し疲れてたみたいだから、そのまま部屋でゆっくりしてたら良いのに」

「晶穂さん、イベントの相談にも乗ってくれてたからね。でもだからこそ、一緒に楽しみたいって笑ってくれてたよ。あの人らしいよね」

 現在、晶穂は定期船を使って移動中だ。リドアスの自室に荷物を置いたらすぐに行く、と聞いている。

 ユーギは電話をした際の会話を思い出し、小さく笑った。晶穂は本当に楽しみにしている、素直な弾んだ声を聞いていたのだ。

 だから、ユーギは期待を裏切らない。

 壁の掛け時計を見ると、スタンプラリーのスタート時間まで後一時間だ。これから各自、準備に取り掛からなければ。

「よし」

 小さく気合いを入れる。大きな気合いは、イベント開始時にみんなで入れる。

 ユーギは仲間たちを振り返り、拳を突き挙げた。

「カウントダウン、開始だ!」

「「「おー!」」」

 ユキはノリノリで、唯文と春直は少し恥ずかしそうに。それでも、三人共笑顔だ。

 だから、もっと笑顔になる。もっと笑顔を増やしたくなる。

 四人は四方に散り、それぞれの持ち場の準備を始めた。


「遅くなってごめんね!」

「あ、晶穂さん。いらっしゃい!」

 スタンプラリーが始まって三十分後、晶穂が息を弾ませて運営委員会用の部屋に現れた。動きやすいすっきりとしたパンツ姿の晶穂に、ユーギはスタンプカードを手渡す。

「これから、見回りも兼ねて各ポイントを回ろうと思うんだ。晶穂さん、一緒に行こう?」

「勿論。……みんなは、持ち場?」

「そう。だから、これから会えるよ」

「どんな感じなんだろ、楽しみ」

 鼻歌でも歌い出しそうな声色で、晶穂はユーギと共に市場へと繰り出した。


 最初のスタンプポイントにいたのは、春直だ。

「あ、いらっしゃいませ。晶穂さんも参加?」

「こんにちは、春直。うん、これから回るんだ」

 春直がいたのは、市場の玄関口にある駄菓子屋だ。普段はお爺さんとお婆さんの猫人夫婦が経営する、子どもたちに人気のお店だ。

 店の中では、家族連れやカップルその他の参加者が駄菓子選びと共にクイズに挑戦していた。

「晶穂さん、ここのクイズはこれだよ」

 春直が示したのは、店の入り口の壁に貼られた板だ。そこに書かれている文字を、晶穂は声に出して読む。

「えっと……『この店で、一日の売り上げ第一位は?』。つまり、一番売れる駄菓子ってこと?」

「そう! 三十種類ある駄菓子の中で、一番人気をあてるんだ。選んでレジに持って行って、正解ならその駄菓子と好きな駄菓子一つが貰えるよ」

「うーん、どれだろ?」

 晶穂が店内で駄菓子を選んでいる間に、ユーギは春直と共に店主夫婦に話を聞く。

「ご協力ありがとうございます。どんな感じですか?」

「あらあら、ユーギくん。お蔭様で、たくさんのお客さまが来てくれてるわ」

「正解でも不正解でも、次いでたって言って買って行ってくれる人も多いんだ。有り難いよ」

「良かった。時間一杯、宜しくお願いします!」

「お願いします!」

 店内では、大人も子どもも同じように笑顔だ。ユーギはそれを見届けると、春直に後を任せて外に出た。

 しばらくして、晶穂が店内から出てくる。その手には、スタンプを押されたカードと一番人気の駄菓子が握られていた。

「正解したんだね、晶穂さん」

「三十択は難しいよ。でも、子どもに戻ったみたいで楽しかった。……あと、これはみんなで食べる分ね」

 そう言った晶穂が、腕にかけていた布バッグを指す。鞄の中には、駄菓子がたくさん入っていた。

「うわぁっ、美味しそう!」

「イベントが終わったら、みんなで食べよ? ……次は、こっち?」

「そうそう。行こう」


 二人はそれから三つのスタンプポイントを巡り、唯文がいる店へとやって来た。

「晶穂さん。ユーギと一緒なんですね」

「こんにちは、唯文。案内してもらってるんだ」

「唯文兄、何か問題とかは?」

 ユーギに問われ、唯文は首を横に振った。彼の問題なしという意思表示に、ユーギはほっと胸を撫で下ろす。

「唯文、ここは……道場?」

「そうです。市場にもこんな場所があるって知ってほしくて。ここは、おれも時々来る剣術の道場なんです」

 道場の中を覗けば、確かに稽古着を身に付けた子どもや大人たちが模擬剣を使って鍛練していた。その端に、クイズコーナーが設置されている。クイズは、『この道場の初代師範が倒したとされるモンスターはどれ?』というものだ。

「これは、とある本を読んでいるとわかりますよ」

「まだ本を読める程この世界の文字を理解してないけど……わたしも知ってるかなぁ」

「勘でもいいです。考えてみて下さい」

 唯文に楽しげに諭され、晶穂は熟考する。その間に、ユーギは唯文に評判を尋ねた。

「稽古着の試着をして写真も撮れるから、家族連れなんかに楽しんでもらえてると思う」

「稽古着なんて、なかなか着る機会ないもんね! これを機に、興味も持ってもらえたら良いな」

 白いあわせと紺色のはかま。まるで日本の武道の着物のようなそれは、晶穂にしてみれば懐かしいものでもある。

「お待たせ、ユーギ」

「正解したの? 晶穂さん」

「ノーヒントじゃわからなくて……。唯文にヒント貰ったんだ」

 肩を竦めて微笑む晶穂に、唯文は励ますように言葉を紡いだ。

「あれだけで答えにたどり着いたんですから、充分凄いですよ」

「ありがとう。唯文のお蔭だね」

 唯文と別れ、ユーギと晶穂は最後のスタンプポイントへ向けて歩き出した。


「次が最後のスタンプだよ」

 道場を出て幾つかのポイントを回り、二人はいよいよ最後のスタンプポイントへとやって来た。

 最後のポイントは、商店街の一角にあるカジュアルなアパレルショップだ。二十代の犬人と魔種の女性が二人で営むその店前は、なにやら人だかりが出来ていた。

「何だろう?」

「あー……晶穂さん」

「どうかした?」

 目を泳がせながら、ユーギは何やら言いにくそうにしている。晶穂が首を傾げると、ふっと息をついて人だかりの意味を説明しようとした。

 しかし。

「見た方が早いや。晶穂さん、先に店の方に行ってくれる?」

「? わかった」

 首肯した晶穂は、真っ直ぐに店へと向かう。それを離れて見守るユーギは、少し罪悪感を感じていた。

「ごめんね、晶穂さん」

 ユーギが後ろで謝っていることなど知らない晶穂は、主に女性で構成される人だかりを横目に店へ入ろうとしていた。

「それにしても凄い人だか、り……。え」

 何があるのか気になり、振り返る。すると、人だかりの中央にいる三人の中の一人と目が合った。

「あ、きほ……っ」

「り、リン……? それに、ジェイスさんと克臣さんまで」

「やあ、楽しんでるかい? 晶穂」

「見付かっちまったか。ノイリシアの件、お疲れ」

 気まずそうなリンと、朗かなジェイス、そして晶穂に手を振る克臣。それぞれがコスプレ衣裳を身に纏って、女性たちに囲まれていた。

「ど、どうして……っ」

 女性たちの視線を痛い程感じながら、晶穂はリンに向かって駆ける。彼女の足が、何かに躓いてバランスを崩す。

 近くにいたファンの女性が足をわざと出したことに気付かないまま、転びかける晶穂。しかし、目を閉じた彼女の体は何かに抱き止められた。

「大丈夫か?」

「あ……ありが。と」

 晶穂を抱き止めたリンの視線は、鋭く彼女を転ばせようとした女性に突き刺さる。女性は青い顔をしてそそくさと去るが、晶穂が気付くことはない。そんなことよりも、リンと密着していることの方が問題だ。

「あ、のっ」

「……悪い」

 一瞬、晶穂を支えるリンの手に力が入った気がした。しかしすぐに離れてしまい、晶穂は見ていてこちらに来たユーギに無理矢理意識を向ける。

「大丈夫? 晶穂さん」

「うん、大丈夫。……それで、これは?」

 リンもジェイスも克臣も、何処かの国の貴族のような格好をしている。王子や御曹司だと言っても通じそうだ。

 三人を見て、ユーギは店内にいたユキを呼び出した。

「これは、ユキの提案なんだ」

「そう。兄さんたちにコスプレしてもらったら、たくさん人を呼べるかなって思ったんだけど……大成功しちゃった」

 得意げに腰に手をあて、ユキは胸を張る。確かにユキの読み通り、女性を中心に新たなスタンプラリーの参加者を呼び込んでいた。

「そう、だね」

 ユキにスタンプポイントの説明をされながら、晶穂の表情は何となく明るくない。気もそぞろになっているようにユーギには見えた。

「……あ」

 ユーギは晶穂の視線の先を見て、理由を確信した。その上で考え、見事最後のスタンプを手に入れた晶穂に提案する。

「晶穂さん。スタンプラリー、まだまだ終了まで時間があるんだ。だから、団長と一緒に別のポイントでお客さんの相手をしてくれないかな?」

「わたし、と?」

「俺もか?」

 ひょいっと顔を見せたリンが、自分と晶穂を指差す。明らかにほっとしたリンの顔を見て、女性に囲まれることに疲れたのだろうと察せられる。

 きっとそれだけではないだろうが、ユーギはあえて深堀りはしない。二人に持ち場を示すと、残ったジェイスと克臣にも指示を出す。

「二人はここで、ゴールへの案内とかも引き続きお願いね」

「ああ、任せてくれ」

「今日は頼もしいな、ユーギ」

「そう?」

 克臣に褒められ、ユーギはしっぽをブンブンと振った。

 一通りの見回りを終え、ユーギはスタンプラリーのゴール地点に行くことにした。イベント終了まで、後二時間。

「さあ、どんな人が一位かな?」

 スタンプラリー参加者には、市場で使える割引クーポンが贈られる。更に全て正解してクリアした最初の人は、クーポンセットを貰えるのだ。

 いつもより賑やかな市場を歩きながら、ユーギは鼻歌を歌いながらスキップしたい衝動を抑えていた。


 二時間後。市場の来場者数は、普段市場を利用する客数の三倍となっていた。

 ユーギたちイベント運営に関わったメンバーには、商工会議所所長からお疲れ様会の招待があった。みんなで労い合い、美味しいものを食べるという楽しい思い出になった。


 ─────

 次回は、テッカのお話です。

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