テッカ 少年たちの山登り

「ねえ、父さんは団長のお父さんを知ってるんだよね?」

 ある秋の日、丁度リドアスに戻っていたテッカにユーギが問う。二人で久し振りに、お茶を飲みながら話していた時のことだ。

「ああ。若い頃からつるんでたからな」

 現銀の華団長のリンは、二代目だ。初代であるドゥラは、テッカと文里の昔馴染みである。

 ちなみに文里は、ユーギの友人の一人である唯文の父親だ。

「じゃあさ」

 目を輝かせたユーギが、テッカの方へと身を乗り出して尋ねた。

 林檎のような味わいのジュースが入ったコップにユーギの手があたりそうになっている。それを指摘すると、ユーギは慌てて手を移動させた。

 コップの安全を確保し、ユーギは改めて身を乗り出した。

「じゃ、じゃあさ。父さんの若い頃のこと教えてよ。ぼく、聞いたことなかったし」

「若い頃? ……そうだな」

 目を閉じて思い出すのは、やんちゃをして叱られた日々。叱ってくれた人はもうおらず、今は自分たちがこどもを叱る立場にある。不思議なものだ。

「あいつらとの話、少しだけ話してやろう」

 手近にあった煎餅をかじり、テッカは記憶の中から思い出を引っ張り出した。




 まだ銀の華も存在しなかった頃、テッカたちはまだ学生だった。

 ある日。学校が終わってから森に集合した十四歳のテッカたちは、この先に繋がっている山の頂上まで行こうという話になった。

 標高を考えても、一時間もあればたどり着けるはずのハイキングコースだ。三人はリュックにお菓子と水筒を入れ、山を登り始めた。

「ドゥラ、あの宿題やったか?」

 テッカが尋ねると、先を歩いていたドゥラが振り向いて首を横に振る。

「まだ。文里は?」

 ドゥラが問うと、テッカのすぐ後ろにいた文里が苦笑する。

「昨日、終わらせた。あの『身近な人の仕事を観察しよう』っていうレポートだろ?」

「そうそう。流石は文里、早いな」

「文里のお父さん、文月堂の店主だもんな。忙しいのか?」

 テッカに質問され、文里は「うーん」と頭を捻る。思い出すのは、五歳くらいの子どもたち相手に相好を崩す父の姿だ。

「忙しいって感じじゃないな。ただ、近所の子どもとかが文房具買いに来るから、楽しそうだった」

「オレも世話になったわ、懐かしい」

「と言いつつ、今も買いに行くけどな」

「違いない」

「ははっ。毎度ありがとうございます」

 そんなどうということもない会話を続けるうち、三人はいつの間にか山の頂上に到達していた。

「おおー」

「景色良いな」

「あれ、アラストの市場じゃないか?」

 頂上には展望台があり、その傍にはベンチが四脚置かれていた。三人はそれぞれが一つのベンチを占領し、休憩する。

 山の上ということもあり風が心地よく、汗ばんだ体を撫でていく。見上げれば、青空に白い雲が幾つも浮いていた。

「なぁ、二人は将来の夢とかあるのか?」

 ふと思い浮かんだ問いを、恥ずかしげもなく口にするテッカ。問いを向けられたドゥラと文里は、ぽかんとした顔をテッカに向けた。

「何だよ、突然?」

「何か思うところでもあったのか? もしかして、好きな子でも出来たのかぁ?」

「そ、そんなんじゃない!」

 眉をひそめる文里と、見当違いな思い込みで暴走しかけるドゥラ。二人の正反対な反応に、テッカは内心笑ってしまった。

 しかし表では、ドゥラの意地悪な質問に必死で反論していたのだが。

「ちょっと、思ったんだ。……オレたちが大人になった頃、この町はどんな風になってるのかな。オレたち自身はどんな風に変わってるのかなって」

 女々しいだろ? そう言って自嘲気味に笑うテッカに、文里とドゥラは首を横に振った。

「別に、女々しいとかは思わないな」

「そうそう、ふっと考えることってあるよな。おれも人のことは言えないし」

「お前もかよ、ドゥラ。……でも、安心した」

 くすくすと笑い、最初に言い出しっぺのテッカが口を開く。

「オレは、いつかこの世界中を旅してみたいな。学校で習っただろ? だから、そんな未知の大陸にも渡って、新しい何かに出逢いたいな」

「壮大な夢だな」

「次に話す僕が話しづらいだろ、テッカ。そんな風にお前らしい夢を語られたら」

 いつの間にじゃんけんをしていたのか、話す順番は文里、ドゥラの順となっていた。

 無理矢理渋面を作りながらも何処か楽しそうな文里に、テッカは次を促す。

「僕は、剣術を極めたい。まずは特級を取って、師範になるのが夢。いつか、小さくても良いから道場を作って、子どもたちに教えたいな」

「文里、剣術頑張ってるもんな」

「このまま続けてたら、夢じゃないよ」

 二人からの激励に照れて耳を赤くする文里が、最後のドゥラに話のバトンを渡す。

「おれは……自警団を作りたいんだ」

「「自警団?」」

 神妙な顔をして何を言い出すのか、と想っていたテッカと文里だが、ドゥラは全く冗談ではない顔で話を続ける。

「悪者を捕まえたいとか、功績をあげて名を残したいとかって訳じゃない。ただ、迷子探しや水道の修理なんかのちょっとした手伝いが出来るボランティア団体みたいなものかな。そうやって……大事なものを守れる人になりたいんだ」

 気恥ずかしそうに目を逸らすドゥラの耳に、テッカと文里の素直な感想が聞こえてきた。

「良いじゃん、自警団。な、文里」

「うん。それに、手伝いくらいなら僕らにも出来そうだ」

「テッカ、文里……。ありがとう」

 思いがけない協力の申し出に、ドゥラは笑みを溢す。


 それぞれの夢が叶い、自警団の目的に更なるものが加わるのはまた別の物語だ。


 日が落ちてきて、三人は帰り支度を整える。行きよりも速いスピードで山を駆け下りると、三人は「また明日」と別れを告げた。




「……それが、よく覚えている思い出だな」

「ふうん……。その夢をずっと持ち続けたなんて凄いね」

 目の前でおかわりのジュースとドーナツを食べるユーギを見ながら、テッカは思う。息子たちの夢を守り、成長と人生を見守るのも今後の自分の夢だな、と。

「ありがとう、父さん。大事な思い出を話してくれて」

「そう思うなら、お前が夢を叶えることだな。ユーギ」

「うん、頑張るよ!」

 キラキラとした笑顔を見せるユーギに目を細め、テッカは残りのお茶を飲み干した。


 ─────

 次回は幻花編。


 登場予定キャラクター

 ❀グーリス

 ❀ストラ

 ❀ガイ

 ❀アゴラ

 ❀エルク

 ❀ハクト

 ❀サアヤ


 お楽しみに。

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