ケルタ─2 風に遊ぶ

 硬く冷たいものから解放され、ケルタはようやく心の底から安堵した。

 ラクターに石像として封じられてから、何年経ったのだろう。最早、そんなことはどうでも良かった。

 そっと目を開くと、親友の泣き腫らした顔が見える。いつもクールで表立って感情を見せなかった少年が、成長してそこにいた。

 だから、ケルタは笑ってやる。ため息をついて、大仰に。

「全く。何やってんだよ、リン」

「…………ケルタ?」

 ぽかんとした、滅多にお目にかかれない顔をして、リンがケルタの名を呼んだ。

「そうだよ、リン。別人に見えるかい? まあ、年齢は詐称してるけどね」

「嘘だろ。だってお前は……」

「あの老人に殺されたはずだろうって?」

 リンが頷く。確かにケルタは石像としてコレクションに加えられていたが、その場で殺されることはなかった。

 ただし、石像化した瞬間に息根は止められている。こうやって意識をとどめていられたのは、奇跡だろう。

 その奇跡は、きっとケルタとリンが起こした必然だ。

 ふと、ケルタの視線がリンの胸元へと注がれる。そこに蓄えられた温かくて強い力が、ケルタをわずかな間実体化させてくれた。力を持った人物の正体は、きっとリンの大切な人なのだろう。

(……ちょっと、妬けちゃうなぁ)

 妬けると同時に、とても嬉しい。ケルタにとっても大切な友だちが、ずっと悲しい気持ちだけで生きているのは耐えられないから。

 だから、ケルタはリンにその人への礼を伝えた。晶穂という名の彼女と共に、リンが幸せに向かうように。

(おっと、そろそろ時間かな)

 ジェイスと克臣への挨拶を済ませ、ラクターの処分はオドアに託す。

 ケルタは、自分の存在が徐々に希薄になりつつあることを自覚した。これで、リンと話せるのは最後だろう。

 涙を流す親友に、ケルタは笑顔を向けて言った。頬を伝うものなど、気にしていられない。

「生まれ変わったら、お前の傍に行ってやる。──だから泣くなよ、リン」

 それは、約束だ。友の幸せを願い、自分の来世を希求する約束。

「じゃあな」

「ケルタッ」

 自分に向かって伸ばされたリンの手を、取ることは出来ない。既に消えかかった手を見つめ、ケルタは笑った。


 それから、わずかに残った思念が漂った。

 風に呑まれ、自由に飛び回る夢を見た。何にも邪魔されることなく、ただ夢中で。

 体を失い、魂さえも天へと帰る間に見た夢。神がいるのなら、もしかしたら見せてくれたのかもしれない。

「……お前が望むものは何だ?」

 誰かが問う。見ることも出来ないはずなのに、それは光輝いて見えた。

 白銀の髪を風にたなびかせ、ケルタよりも年上の青年がこちらを見ている。

「望む、とは?」

「お前は死ぬ運命にあった。そう言うのは簡単だが……少し、情が湧いたんだ」

 利けないはずの口を利き、ケルタが尋ねる。すると声の主は、少しだけ照れたような声色で応じた。

「これもと関わったからかもしれないが……構わないだろう」

 彼の言う『あいつら』が誰なのか、ケルタにはわからない。しかしあいつらと言う青年の声色が優しくて、ケルタはリンを思い出した。

 思い出し笑いを漏らすケルタを不思議に思いつつも、白銀の青年は「どうだ」と言う。

 ケルタは大きく頷いた。

「望んでも良いのなら」

「叶えるかどうかは、こちらが決める」

「わかった」

 ケルタは思考を巡らせ、目の前の神に願いを言う。深呼吸して、言葉を紡ぐ。

「願わくは、来世は──」

「承った」

 白銀の青年は頷く。ほっと胸を撫で下ろして、ケルタは「ありがとう」と呟いた。

「これで、最期の……最期にしたいことが出来る」

「最期にしたいこと?」

「そうです」

 ケルタは頷くと、足元を見下ろす。そこには凪いだ水面のような景色が広がっている。足を動かせば波紋が生まれ、水面が揺らぐ。

 水面には、こことは違う景色が映っている。今ケルタの足元には、白銀の花に彩られた手作りの結婚式場が見えていた。

 大切な親友が、大切な人と並んでいる。顔を赤く染めて照れながらも、嬉しそうに笑う姿が見えた。彼らの周りには、そんなふたりを祝う優しい人たちがいる。

 仮の結婚式ではあるのだが、もう本物にしてしまっても良いだろうとケルタは思う。

「……ふたりに、風の祝福を」

 ケルタは目を閉じ、呪文のような言葉を呟く。それと同時に花吹雪と風が舞い上がり、ケルタを包み込む。

 竜巻のような強い風の中、ケルタは青年に向かって言う。

「頼んだ」

「……わかった」

 白銀の青年が頷く。彼の仕草を了承と受け取り、ケルタは安堵したように笑った。

「楽しみだ」

 その言葉を最期に、ケルタの姿は風の中に消えた。後には数枚の銀の花びらが残り、他の全ては水面に映る地上へと移動している。

「……逝った、か」

 白銀の青年─レオラ─は花びらを拾い上げ、囁くように言った。指から抜け出た花びらは、ふわりと浮かぶと風の中に溶け消える。

 一人残され、レオラは足元の水面に映る景色に目を細めた。

「全く、何というやつらだ」

 憮然としたような言い方をしながらも、レオラの表情は優しい。彼の中に、ここにはいない彼女の姿が浮かんだ。

「……さて、叶えてやらなければな」

 レオラの姿もまた、風の中へと消えていった。




 ──願わくは、来世はリンと同じ時間に生きたい。リンと晶穂の子どもってのも面白そうだ。勿論、友人として隣にいるってのも嬉しいな。……もしそうでなくても、来世で、彼らもまた生まれ変わったとしても、傍にいられたら嬉しいと思うよ。




 ─────

 次回は、落空世界編。

 登場予定キャラクター

 ❀二十六木とどろき和歌子

 ❀レオラ


 お楽しみに。

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