メイデア 未来の女帝

 ソディールきっての戦闘国家・スカドゥラ王国。

 長く男の王が治めてきたこの国を継ぐことが決まっていた、一人の姫がいた。名をメイデア。

 将来『女傑』と呼ばれ恐れられる彼女にも、可愛らしい少女の時代があったのである。


 メイデアの父と母には、彼女以外に子がいなかった。王族ともなれば妾や第二妃を置くことはよくあることだったが、父王は気に入った者しか傍に置かないとしており置かなかった。

 当然、周りの者たちは国の将来を憂いて何度も王に助言したが、聞き入れられなかった。あまりにも口が減らないと王城から追放されたため、いつしか誰も何も言わなくなっていく。

 何となく人心の離れた王の娘、それがメイデアだった。


「姫様、お待ちください」

「ふふっ。遅いわよ、早くなさい!」

 今日もまた、後宮にてお転婆姫の声が響く。

 メイデアは走るのが好きで、剣舞を見るのも好きだった。それらよりも好きなのは、自ら武器を手にして鍛練に参加することである。

 まだ十代の少女に武器を扱わせるのはどうか、という意見は多くあった。しかし許されたのは、両親である王と后、何よりもメイデアほんにんの希望があったからだろう。

 今日もまた、メイデアは鍛練の師である将軍の手解きを受けている。始めたのは半年前だが、既に真剣に持ち変えての鍛練が許されていた。

 メイデアは待てと言われて待つような殊勝な娘ではなく、何度師に叱られたかはわからない。それも命にかかわるような危険がなかったからこそ。

「師匠、今日はこれに触れてみたいわ」

 師匠を置き去りにして駆けたメイデアの行きついた先は、城の武器庫。いつの間に仕入れたのか、マスターキーを使って入り込み指差したものを見て、将軍は息を呑んだ。

「これは、まだあなたには早過ぎます」

「どうして? だってこれは……」

 何度すがられても、将軍は首を縦に振らない。当然である。メイデアが触れたいと言ったのは、スカドゥラ王国の王位を継いだ者だけが扱うことの許される宝剣だったのだから。

「……これは、いずれ私が継ぐもの。だったら、今から扱っていても問題ないでしょう?」

 不遜な態度で胸を張るメイデアに、将軍は呆れるしかない。

(これ以上は、言っても聞き入れはしないだろう。ならば……)

 将軍は睨んで来るメイデアに気付かれないよう息を吐き、問いかける。

「では、あなたが思う『国王』とはどんな存在なのですか?」

「国王?」

「はい、メイデア様」

 不思議そうに首を傾げる仕草は、まだ幼い子どものものだ。それでも懸命に考えているのか、眉間にしわを寄せる。

 流石にまだ成人の儀を迎えない子どもには難しい問いだったか。将軍が問いを撤回して武器庫を出ることを提案しようかと考え始めた時、不意にメイデアは顔を上げた。

「……誰よりも強く、全ての武器を使いこなし、真っ直ぐに国の人々のために己を捧げられる人。それが本当の『国王』だと思う」

「誰よりも強く、武器を扱い、人々のために尽くす……成程」

 牙を持ちながら、それを守る目的にも使うことの出来る人物。それはきっと、長く遠い道のりだろう。

 幼い子どもの回答ではない。そう思い苦笑しながらも、将軍は意志の強い少女の瞳を真っ直ぐに見返した。

「……そう思うのであれば、あなたはまず、己を律することから始めなくてはなりませんね」

「律する?」

「ええ。……失礼を承知で申し上げますが、あなたは少々お転婆が過ぎます。自分の行為で誰かが迷惑することがあるかもしれない。反対に、自分のしたことで誰かを守ることが出来るかもしれない。――あなたは、どちらを選びますか?」

「……あなたの言いたいことはわかったよ、将軍」

 メイデアは将軍の目を見返し、肩を竦めた。

 将軍が言いたいのは、いつも自分を困らせる姫が王族らしく振る舞うこと。いずれ来る王位継承まで、宝剣に触れることを許さないということだ。

「――私が必ず、スカドゥラ王国をこの世界で最も強い国にしてみせる」

「楽しみにしていますよ、姫様」

 それが、メイデアと師匠の最後の記憶。この後しばらくして、将軍は国内で起こった内乱を鎮めるために出兵して戦死した。

 だから、メイデアは誓う。女らしくなることを一切やめ、国王として男のように雄々しく強く、確固たる芯を持って生きることを。

 メイデアの誓いは果て無く、後に彼女の異能力として開花することになる。

 何よりも重く強い武器を象徴する、牙獣の一。

 静かな湖畔のような心で剣を握る、牙獣の二。

 真っ直ぐに何者にも惑わされない、牙獣の三。

 メイデアが支配する亜空間で、彼女の誓いを象徴する三つの存在。彼らを得た時、彼女の女帝としての生き方が決まった。

「何にも左右されない、誰にも邪魔されないために。そのための力が欲しい」

 切っ掛けは些細な事。それが、いつしか世界を巻き込みかねない潮流へと変化していく。幾つもの戦いを潜り抜け、姫は女傑へと姿を変えていく。

 これは、メイデアが神庭の存在を知る以前のお話。


 ―――――

 次回は、ベアリーのお話です。

 お楽しみに。


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