スージョン あの日の別視点

 行商を始めて数十年が経つ。その間に取引先に騙されたり客に商品を喜ばれたりと様々なことを経験してきたが、スージョンにとって近年最大のとある出来事を忘れられないでいる。


 ある時、スージョンはアルジャへ向かう汽車に揺られていた。そちらに住む客相手の商売をするため、荷物車に商品を積ませてもらっての長旅だ。

 最近少々食べ過ぎているせいか、若干体が重い。商売仲間からは「太ったな」と笑われるが、美味い飯が悪いのだ。

「さて、飯は何にするかね」

 普段と別の場所に行く時は、その土地の美味しい料理を食べることにしている。時々外れもあるが、その土地の誰かに聞けば大外れはない。

 今日も今日とて、ガイドブックなどは見ずに車窓から外を見詰めていた。顧客との待ち合わせ場所までの道のりは頭に入っているが、これは商売の基本だ。

 ここは、汽車の三両目。他にも複数の乗客がおり、皆思い思いに過ごしている。

「さて。……ん? ――うわっ!?」

 ガクンッ。天井から何かの大きな音がして、車両全体が大きく揺れた。驚いたのはスージョンだけではなく、大人も子どもも一瞬唖然とした後、動揺が広がっていく。泣き叫ぶ子どもの声が響き、騒ぎを助長してしまう。

「一体何が……」

 スージョンとて、恐ろしさに悲鳴を上げたい気持ちはある。しかし、何が起こったのかと興味をそそられる気持ちの方が大きいかもしれない。

 しばらくして、車内アナウンスが聞こえて来た。

『お乗りの皆様、申し訳ございません。只今、状況を確認しておりますので、しばらくお待ち……』

 プツン。不自然なところで途切れたアナウンスが呼び込んだのかはわからない。同時に何かが天井を叩いた。

「……は!?」

 誰かの悲鳴が聞こえた。座席から立ち上がってそちらを見れば、見たこともない程に美しい白蛇が、何匹ものたうっている。

「ひいっ」

「だ、だ、誰か……」

「うわあぁぁん!」

 非現実的な出来事を前に、パニックが再発する。

 どうしたものかとスージョンが眉間にしわを寄せた時、後方の車両からこちらへ近付いて来る足音と話し声がした。

 バタンッと車両同士を繋ぐ戸が開き、女の子が一人駆けて行った。その真剣な瞳に、スージョンは年甲斐もなく惹きつけられる。それはほかの乗客も同じだったのか、彼女が走る通路を自然と空けていた。

 次いで、二人分の少年の声が聞こえる。

「唯文兄、どうする?」

「戦場になる前にこの人たちをどうにかしたいけど……無理そうだな」

「……おい、兄ちゃんたちは何者だ?」

 こんな所に突然現れるのは、不思議でしかない。我慢出来ずにスージョンが問うと、犬人らしい少年が目礼した後に答えてくれた。

「おれたちは、銀の華という自警団の者です。ある目的があってこの汽車に乗っていたんですが……」

「銀の華……」

 彼の指差す先に、自然と目が向く。

「あれが現れたので、乗客の皆さんの様子を見に来たんです」

 あれとは、汽車にしがみつくように乗った大蛇のことだ。何だあれはと混乱するものの、何処か冷静な自分を自覚する。スージョンは先程駆けて行った少女を思い出し、犬人の少年に尋ねた。

「さっき走って行った嬢ちゃんもか?」

「後ろの車両にも仲間がいて、対策を取っています。この車両はおれたちが受け持つことに……」

 他にも仲間がいる。その言葉がどれほど心強いだろうか。

「……なら、オレたちは邪魔をしないことにしよう」

 彼らならば、と何故かスージョンは確信した。ならば、彼らを邪魔しないことが助かる近道だ。スージョンは大きく息を吸い、吐き出すと共に声を張り上げる。

「全員聞け!」

 ――ピシッ

 空気が凍った。否、騒然としたそれが静寂を取り戻した。あの泣き叫んでいた女の子ですら、驚き過ぎて涙を止めている。

 二人の小さなヒーローを指し、スージョンはよく通る声で乗客全員に呼び掛けた

「彼らは銀の華だ。彼らがオレたちを守ってくれる。――だから、その邪魔をしてはいけない」

「で……ッ」

 何かを言いかけた犬人の青年をぎろりとした一睨みで黙らせると、スージョンは笑った。

「何が起きても、もう大丈夫だ。頼むぞ」

「あなたは一体……」

 魔種の少年の呟きに、スージョンは「オレか?」と自分を指差す。何処かから「ピーッ」という音が聞こえる気がして、やけに眠い。それでも答えないわけにはいかないだろう。スージョンは笑った。

「オレは、スージョン。なんてことはない、ただの商人……さ……」

 そこで、記憶は途切れた。


 その後夢を見ない眠りを経て、スージョンは目を覚ます。起きると、そこは目的地の駅、アルジャだった。

「……なんてことがあったんですよ。信じられます?」

「そりゃあ、とんでもない幸運だ。銀の華といやあ、このソディールで最も有名な自警団だ。彼らの活躍を生で見られたなんて羨ましい」

「見たわけではないんですけどね」

 銀の華と名乗った少年たちのお蔭か、商談はいつも以上にスムーズに終わった。互いに益のある話をすることが出来たというのは、本当に有難い。

「きみたちのお蔭かな。銀の華」

 いつか、何処までまた会えるだろうか。スージョンはふと思い、苦笑して再び汽車に乗った。


 ―――――

 次回は最後の銀の華の物語。

 晶穂のお話です。

 お楽しみに。


 ※メディアワークス文庫のコンテストの〆切が近付いており、そちらに少しだけ注力させて下さい。一週間ほどお休みをいただきます。申し訳ございません。

 後3話で、この短編集は完結予定です。

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