行真 ある日運命は変わるものだ

 スカドゥラ王国の一兵卒に過ぎなかった行真いくまは、現在軍の大佐であるダイの側近となっている。そもそも行真が兵士を目指したのには、勿論理由があった。

 学生時代から生真面目で通っていた行真は、勉強の成績はいつもトップクラス。しかし文武両道とはいかず、体育の成績は下から数えた方が早かった。

「行真、勉強教えてくれよ」

「またか? テストのヤマなんて張っても、それがあっているって保証はないんだぞ?」

「それでも良いからさぁ。行真のヤマ、良い所までいつもいくじゃん」

「仕方ないな……」

 そんな会話は日常茶飯事だった。その度に友人たちのために時間を割き、少しでも成績を上げる手伝いをしてやろうとしていたものだ。

 そんなある時、行真たちの学校で特別授業が行われた。その時の講師がダイであり、彼に憧れて王国に仕えることを夢見るきっかけとなった大切な出来事だ。

「よお、こんにちは。今日は時間を借りて、オレがこの国の軍事について話そうと思う。その他のことについては、オレの後に喋るやつが話してくれるはずだ」

 宜しく頼む。ダイはそう言って、朗らかに微笑んでいた。

 それから、配布された資料をもとに授業が行われていく。主な内容は、スカドゥラ王国を武力で守る兵士たちの日常と特殊事例を用いての戦闘体験談だ。

「普段、兵士たちは戦闘訓練ばかりしている……というわけでもない。社会情勢や経済を知ることも大切だし、訓練と同じくらいの割合を使って、毎日皆学んでいるんだ。兵舎の中には学校の教室のような施設が幾つかあり、そこで学んでいる」

 スライドで示された兵舎の地図を凝視して、学生たちはよく聞こうと耳をそば立てていた。行真はといえば、別世界の話のように感じていたものだ。

 自分は兵士などにはならず、堅実に働いて充実した一生を送るのだと決めていた。そのはずだったのだ。

(誰かのために、不特定多数の人々のために命を投げうつような真似、するだけで阿保らしい……そんな風にも考えていたんだけどな)

 愉快そうに笑いながら説明するダイの顔を覗き、行真は性格的に適当に話を聞くということが出来なかったが。

 やがて話は日常のものから非日常へと変わっていく。ダイの表情も少しだけ険しいものへと変わっていた。

「数回だが、本物の戦場を経験したこともある。あそこは……人がいるべき場所なんかじゃない」

 火を噴く銃器、大砲、人々の悲鳴。それらは聞くに耐えられるものではなく、ダイは何度も何度も夜中うなされて目を覚ました。

「……出来るなら、願わくは、こんな思いをするのはオレたちで終わりにしたい。それと同じくらい、戦場に立つのはオレたちのような軍事関係者だけでいいと思っているんだ」

 例え戦場があろうとも、人々は日常生活を送っていて欲しい。毎日笑って暮らしてくれるなら、と願うことも止められない。

「だから、オレは君たちに兵になれとは言わない。勿論、オレたちと共にこの国を守るために備えてくれても構わない。幸いにも今のスカドゥラ王国は他国との戦争をしていないし、災害や大きな事故現場で人命気をしたりするのが主な仕事だけどな。……最後に、オレたちの兵舎での一コマを幾つか紹介しようか」

 そう言ってダイがスライドに映したのは、わちゃわちゃとじゃれ合う兵たちの日常だった。ご飯を食べ、厳しい訓練をして、疲れきる。それでも仲間と笑い合い、夜遅くまでじゃれ合って上官に叱られている。

(……彼らは、遠い存在なんかじゃないんだな)

 何処にでもいる普通の人々が、何か決意を持ってそこにいる。決意の内容が実家を継ぐことである人も、教師になるということの人も、親になるという人もいるだろう。そんな中、彼らは偶然にも出会い、共にいるのだろうか。

 そんなことを考えている間に、授業は終わりを迎えていた。三々五々皆帰る支度をする中、いつも行真に勉強を教えてもらいに来る友人が今日もやって来た。

 友人の実家は食堂で、よくまかないを食べさせてもらっているのだ。男子学生というものは、いつも腹を空かせているものである。

「なあ、行真。帰りにうち寄るか?」

「ああ……。ちょっと、待っててくれ」

「え? 行真!」

 友人が止めるのも聞かず、行真は走る。教室を出て廊下を駆け、校門へ。そして見つけた背中に向かって叫んだ。隣に女性がいたが、そんなことはどうでもいい。

「ダイさんっ!」

「ん、どうした? きみは……さっきの授業にいた?」

「はいっ。いく、まっていいます」

 全力で走って息を切らせ、鼓動が落ち着かない。それでも待っていてくれるダイに向かって顔を上げ、行真は一息で言い切った。

「俺、ダイさんの下でこの国を守りたいです! お話を聞いて、そう決心しました!」

「……そうか。待ってるぞ、這い上がってこい」

「はいっ!」

 背中をバンッと叩かれ、つんのめりそうになりながらも、行真は笑った。初めて目標を見つけた、その喜びがそうさせたのだろう。


 そして今、行真はダイの背中を追っている。

「行くぞ、行真」

「はい」

 いつか、尊敬するダイを支えられる人間になる。それが行真の新たな目標だ。


 ─────

 次回はスージョンのお話です。

 お楽しみに。

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