唯文―3 兄貴分
最も銀の華での経歴が長いのはユーギだが、何故か唯文が四人の年少組の中で兄貴分として扱われている。自分はまだ浅いのだと幾ら言っても、ユキとユーギの答えはいつも同じだ。
「だって、唯文
正論である。
唯文が二人の年下に言い負かされている現場に居合わせ、春直はくすくす笑っていた。そして「諦めてよ」と肩を叩くのである。
「年上ってだけじゃなく、ぼくたちは唯文兄だからそう呼んでるんだからさ」
「そうは言ってもな……まあ、言うだけ無意味だとわかってはいるんだよ」
後頭部を掻き、唯文は肩を竦める。
唯文とて慕われて嬉しくないわけがない。ただ、一抹の不安があるだけだ。自分は、三人が慕う程の技量も何も持ち合わせていないのではないかと。
「……どう思いますか、ジェイスさん?」
「そうだねぇ」
その日、唯文はたまたま出会ったジェイスに尋ねた。
ジェイスはリンの兄貴分として長く彼と共に行動し、支えてきた経験がある。義兄弟のような関係もあり、克臣と共に銀の華の中でも慕われる存在だ。実際、唯文も尊敬している。
そんなジェイスならば良いアドバイスをくれるのではないかと期待し、思わず相談会を始めてしまった。
ふむ、と真剣な顔をしてジェイスは無言になった。年下の要領を得ない相談であっても、ジェイスは嫌な顔一つしない。純粋に、唯文はそれが凄いと思う。
「……唯文は、ユーギたちに慕われて嬉しいんだろう?」
「へ? ……はい。おれは兄妹がいないから、弟が出来たみたいで嬉しい、です」
「なら、それで良いんじゃないかな」
組んでいた腕を解き、ジェイスは照れつつ答えた唯文の頭を撫でる。柔らかな犬の耳に指が触れ、ぴくりと動いた。
「それで良い、んでしょうか」
「うん。私も同じようなものだし、克臣もそうじゃないかな」
「二人共……?」
いつも余裕があって、当たり前のようにリンの傍にいる二人。その彼らが「慕われて嬉しいから」という理由でリンの傍にいるとは思いもしなかった。唯文が目を丸くすると、ジェイスはくすっと微笑んでから誰かに向かって手を振った。
「克臣」
「あ? ジェイスと……唯文? 珍しい組み合わせだな。何かあったのか」
「唯文の相談に乗っていたんだ。なあ、唯文は『兄貴分』って何だと思う?」
「はぁっ?」
仕事を果した帰りだったのか、克臣の衣服は少し汚れていた。しかしそれくらいの方が、どちらかというと野生的で精悍な彼には似つかわしい。
克臣は唯文の横にどっかと座ると、天を見上げた。「そうだなぁ」と考えて、目を閉じる。
「……結局、俺はリンに慕われて嬉しかったんだよな。それで、俺自身もリンのことが好きだし、尊敬してるから、こいつの傍で支えてやりたいって漠然と思ってる。だから頼まれたわけでもないけど、ここソディールに生きることを選んだんだろうな」
日を見上げて眩しげに目を細めながら、克臣は笑う。そこに寂しさはなく、清々しい喜びがあった。
克臣の覚悟と喜びの籠った言葉に対し、ジェイスは苦笑で繋ぐ。
「ふふっ。ほら、同じだろう?」
「……はい」
少し唖然としていた唯文だが、ジェイスも克臣も自分と同じなのだと安堵する。ただ、頼られて嬉しい、慕われて誇らしい、それで良いのだと。
強く優しく背中を押された心地がした。
「顔つき、変わったね」
唯文の小さな変化を見付け、ジェイスは微笑む。克臣も唯文の顔を隣から覗き込み、ニカッと歯を見せた。
「それでいい。大きな責任を負うと思う必要はない。ただ、大事な仲間と一緒に居たいと思う……それだけで良い。明確な答えがなくても、感覚的にはわかってるだろ?」
「はい」
「なら、大丈夫だ」
くしゃっと克臣の大きな手が唯文の髪を撫でる。少し乱暴なその手つきは、彼らしいエールの気持ちが籠められていた。
「何にせよ、不安とか心配とかあれば、いつでも頼ってくれたら良い。な、ジェイス?」
「ああ。確かな解答を出せるかはわからないけど、気持ちを軽くすることだけは出来るはずだからね。これでも、『兄貴分歴』は長いから」
「違いねぇ」
笑い合う二人は、互いも支え合っているように見える。唯文には同い年の仲間と言える存在はいないが、ジェイスと克臣が指南役になってくれるだろう。
また、唯文にとってあこがれの存在であるリンも剣の鍛錬などに付き合ってくれる。
考えてみれば、唯文の周りには彼を見守り支えてくれる誰かがいつもいてくれるのだ。
唯文は自分の胸に手を当て、目を閉じた。そしてジェイスと克臣と話すことでわかったことを心の中で反芻する。
(嬉しい、それだけで良いんだよな)
「吹っ切れた、かな」
瞼を上げた唯文に、ジェイスが問う。それに対し、唯文は「はい」と頷いた。勢いをつけて立ち上がり、くるりと二人に向き直る。
「ジェイスさん、克臣さん。ありがとうございました」
深々と頭を下げると、二人が微笑んだ雰囲気が伝わって来た。
再び頭の上に手を乗せられ、唯文は驚いた。二人分の手のひらは熱い。
「本当に、きみを早い段階から引き入れなかったのが悔やまれるよ」
「良いじゃねぇか。……唯文、一試合やってくれるか?」
「勿論です!」
ぱっと顔を上げた唯文の手が開かれ、
ジェイスは距離を取り、審判の役を取った。
「じゃあ、行こうぜ。頼むな」
「お願いします!」
「――始め」
キンッという金属音が鳴り響き、二つの刃が交わった。
―――――
次回は、春直のお話です。
お楽しみに。
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