リン─3 依頼:友のために
「何してるの、リン?」
とある晴れの日の午後、晶穂は食堂で一人何かをしているリンを見付けた。テーブルの上には、色とりどりの折り紙が広げられている。
「ああ、晶穂か。……嫌なところ見られたな」
「何のこと?」
若干目線の合わないリンを不思議に思いつつ、晶穂はリンの手元を覗き込んだ。すると、何かを作ろうとしている痕跡のあるぐちゃぐちゃの物体が幾つも置かれている。
「何か作ろうとしてたの?」
「……」
罰の悪そうな顔で、リンは耳を赤く染める。
晶穂はぐちゃぐちゃの折り紙を一枚手に取り、広げてみた。一応きちんと折り目はあるものの、何かの形には程遠い。
ガシガシと頭を掻いて、リンはため息をつきながら白状した。
「……ツル」
「?」
「だからっ、折鶴。……病気の友だちのために千羽鶴を折りたいから、手伝ってほしいって依頼があったんだよ」
「あ、成程」
ぽんっと手を打った晶穂は、リンの手元を改めて見た。確かに鶴らしき形にはなっているが、折り方が下手なのか潰れた鶴らしきものしか見あたらない。
もしかして、と晶穂はリンの隣に腰を下ろした。
「リン、もしかして折り紙とか苦手?」
「苦手というか……こういう細かい作業に向いてないんだよ」
下手に抵抗することもなく、リンは正直に告げた。
幼い頃から剣や武術、勉学にも興味を持って学んできたリンだが、それでも苦手なものがある。それが、折り紙のような手先の作業と歌だった。
歌は、何度も練習すれば人並みに歌えるようにはなる。しかし、折り紙や裁縫といったものへの苦手意識だけは一切抜けない。
「だから、半分はユキたちに頼んだ。あいつら、俺よりも器用だからな」
「ユキ、器用だよね。この前も、わたしの料理手伝ってくれたよ」
ユキは盛り付けが上手い。美味しそうに見えるよう、菜箸を動かしていく才があるのだろう。
年少組は器用さを持つ子が多い。唯文がその中でも不器用な部類だが、それでも呑み込みが早くて努力家だ。春直は頑張り屋で、ユーギはノリと勢いで成し遂げてしまう。
リンによれば、今ユキの部屋で四人が折鶴を折っているのだとか。
「なら、ジェイスさんとか克臣さんも呼べばよかったのに。克臣さんは日本出身だし、子どもの時に折ったことがあると思うけど……」
「……不器用なのはあの人たちも知ってるけど、何か言いたくなかったんだ」
悪かったな、子どもみたいで。リンはばつが悪いのか、耳を赤くして手元を動かしている。
「……」
普段は見せないリンの子どもじみた言葉に、晶穂は思わず「かわいい」と思ってしまった。と同時に、胸が疼く。
晶穂は黙って手を伸ばすと、緑色の折り紙を一枚取った。そしてそれを半分に折り、もう一度折る。
そうやって出来た鶴を机の上に置いた。もう一枚取って、同じように鶴を折る。
「晶穂……」
「手伝う。一人より、二人でやった方が速くたくさん出来るよ」
「……助かる」
ぼそっと呟かれた感謝の言葉に、晶穂は「ふふっ」とはにかんだ。
「まずこうやって二つ折りにして、もう一回折って……そうそう」
「で? えーっと、ここを……」
それから約二時間、リンと晶穂はぶっ通しで鶴を折り続けた。
千羽鶴とはいえ、全てを銀の華で折るわけではない。大半は依頼人とその友人たちで折るということだが、四分の一がこちらに回されていた。
晶穂は慣れているが、リンは折り紙初心者と言っても過言ではない。四苦八苦しながら、徐々に鶴らしい鶴を折れるようになってきた。
依頼人の思いを籠めた鶴だ。適当な気持ちで作ることは出来ない。
「ただいまーって、お前ら何してるんだ?」
「折り鶴、だね」
「実は、依頼があって……」
「成る程。そういうことなら、わたしたちも手伝おう」
「ああ。綺麗なやつ、折ってやろうぜ」
途中、仕事から帰ってきたジェイスと克臣も加わって四人で折り進める。スピードが倍になったことで、折り鶴は山のように積み上がっていた。
中断して肩を伸ばしたり、荒い折り目を折り直したりして、四人は規定枚数を折り上げた。
ふうっと、一息突いたリンたちのもとに、ひょこっとユキが顔を出した。彼の手には、カラフルな折り鶴が山になった箱がある。
「兄さん、出来た?」
「ああ、ユキか。なんとかな」
うーんと伸びをしたリンの傍には、山と積まれた折り鶴がある。それを見て、ユキは笑った。
「よかった。兄さん不器用だから、もう少し貰った方がよかったかなって話してたんだ」
「……まあ、一人じゃなかったしな」
苦笑いを浮かべながら、リンはちらりと晶穂たち三人を見る。
克臣はユキたちが持ってきた折り鶴もまとめて、唯文と批評し合っている。ジェイスは春直と共に出来上がった折り鶴を入れる紙袋を探しに行き、晶穂とユーギが針と糸を使って折り鶴をまとめていた。
「ね、上にリボン結ぼうか」
「それ良さそう! あげる相手は女の子だって話だから、可愛い方が嬉しいよ」
「じゃあ、ピンクとかかな。部屋見てくるね」
「ああ、頼む」
楽しげにリボンを探しに行く晶穂を見送り、リンは改めて依頼の手紙を手に取った。晶穂の折り鶴をまとめる作業は、克臣と唯文、ユーギが引き継いでいた。
依頼主は、ユキたちと同じ年頃の男の子だ。何でも幼馴染みの女の子が重い病に
「『──以前、異世界では折り紙で鶴をたくさん折って元気付けるのだと聞きました。銀の華の皆さんは、その異世界と関係が深いとか。是非、助けてください』……か」
文面を読むに、この男の子は女の子をとても大切に思っているのだろう。それが恋か友情かということは、考えるだけ野暮だ。
「おや、それが手紙かい?」
「ジェイスさん。ええ、そうです」
何処からか大きめの紙袋を持ってきたジェイスが、リンの手元を覗き込む。
リンは手紙を開いて、ジェイスに渡した。春直も見たそうにしていたため、ジェイスは椅子に腰を下ろす。
拙いが懸命な文章を読み、ジェイスは口元を緩めた。
「本当に心配だったんだろうね。文字からも気持ちが染み出してくるみたいだ」
「はい。とても大事な友だちなんでしょうね」
少ししんみりとしてしまった空気を壊すように、春直が明るい声を出す。
「大丈夫です! ぼくらも気持ちを籠めて折りましたから。きっと、手術うまくいきますよ」
「そう、願っておこう」
リンが春直の頭を軽く撫でると、春直はしっぽをぶんぶんと振った。二人の様子を穏やかな目で見守っていたジェイスは、ふと気が付いてリンに尋ねた。
「そういえば、これの受け渡しはいつなんだい?」
「えっと……。今日の十八時ですね」
掛け時計を見上げると、現在の時刻は十七時半。約束の時間まではもう少しだ。
「お待たせ!」
駆けて来た晶穂の手には、桃色とオレンジ色のリボンが各一本あった。それをプレゼントの飾りのようにたくさんの折り鶴の上に結ぶ。すると、一気に可愛らしく華やかな折り鶴となった。
「おおっ、かわいい!」
「ほんとだ。これなら、病室でも明るくなりますね」
ユーギと春直に絶賛され、晶穂は照れくさそうにはにかんだ。
「ありがとう。……これを袋に入れてっと。よし、おっけー!」
折り鶴を潰さないよう丁寧に紙袋に入れると、晶穂はそれをリンに手渡した。
「後はリン、お願いします」
「任された」
フッと微笑すると、リンは改めて時計を見た。待ち合わせ時間まで、あと二十分。
リンはリドアスを出ると、真っ直ぐアラストの広場に向かった。幾つかある内の、一番小さな空き地と呼べる場所だ。
その広場の、木陰に依頼主がいた。
「きみが、
「はい! 銀の華の……団長さんですよね?」
まさかリンが来るとは思わなかったのか、颯真は目を丸くした。しかし受け答えはきちんとしているようで、ペコリと頭を下げる。
「半日しか時間がなくてごめんなさい。大変でしたよね?」
「俺は手作業が苦手だけど、仲間に手伝ってもらったから平気だ。……ほら」
リンに差し出された紙袋を受け取って中を覗き、颯真は「うわぁっ」と感嘆の声を上げた。紙袋に入っていたのは、カラフルで鮮やかな色紙で折られた鶴たちだった。順序よく糸でまとめられ、可愛らしいリボンも付いている。
「これ……凄い。凄いです! うわぁ、嬉しいな。ハルカもきっと喜びます!」
ハルカというのが、幼馴染みの名前なのだろう。ぴょんぴょんと跳び跳ねて喜ぶ颯真に、リンはほっと安堵した。
「喜んでもらえてよかった。俺たちも願いを籠めて折ったから……手術、うまくいくことを願ってるよ」
「はい。ありがとうございます!」
少し潤んだ瞳を瞬かせ、颯真は笑顔を見せた。
これからハルカのもとにお見舞いに行くのだと言う颯真と別れ、リンは帰路に着く。
「色々あるけど……俺は助けられてここにいるんだな」
今回の依頼もそうだが、リン一人で解決出来るものなど多くない。ほとんどが、仲間の協力があってようやく達せられるのだ。
「……助けられた分、今度は俺が」
仲間一人一人の顔を思い出し、リンは決意を新たに歩いていた。
一ヶ月後、今度はハルカから手紙が届いた。
無事に手術は成功し、今はリハビリ中だという。そしてリハビリが終わったら、颯真と共に銀の華にお礼を言いに行くのだと書いていた。
「わたしたちの願い、届いたね」
「ああ。彼らが来たら、もてなしてやろう」
晶穂と共にそう言い合って、リンはそっと便箋を封筒に戻した。
―――――
次回から、本編に即して狩人編の短編が始まります。
登場予定キャラクター
❀ダクト
❀アイナ
❀ソイル
❀
❀ハキ
❀ザード
❀イツハ
彼らの物語の後、再び『銀の華の物語』へとシフト予定。
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