狩人編
ダクト─1 しあわせな家族
今から五百年以上前のこと。
この日本とは異なる世界・ソディールのとある住宅地に、ダクトという少年が住んでいた。彼には可愛い妹と両親がおり、普通の家族として暮らしていた。
「お兄ちゃん!」
「フェリア、こっちだ」
兄に呼ばれ、フェリアはツインテールを跳ねさせながら廊下を走る。そして、兄の胸にぴょんっと飛び込んだ。
「おっと」
「えっへへ~」
「お前、今から何するのか忘れてただろ」
甘えん坊の妹を引っぺがし、ダクトはため息をつく。しかし、そのため息も少し嬉しそうだ。
「何だっけ?」
「もう。父さんと母さんに結婚記念日の贈り物をするんだろ? そのために、今から店に行くんだ」
「そうだった! お父さんとお母さんに贈り物! お花と、お菓子にしよう」
「二人共喜ぶだろうな。……ほら、二人が帰ってくる前に済ませるぞ」
「はーい」
素直に手を挙げたフェリアの小さな手を握り、ダクトは財布を鞄に入れて家の玄関を出た。
二人の両親は共に働いており、昼間は兄妹しかいない。更にダクトは町の学校にも通っていたから、平日の昼間はフェリア一人だ。
今日は学校は休みで、両親は仕事だ。普段寂しい思いをさせている分、ダクトがフェリアを楽しませなければならない。
二人は住宅地を抜け、商店街へと入っていく。その中から、最初に花屋を選択した。
「こんにちは、おばさん!」
「こんにちは!」
「おや、ダクトとフェリアかい? 今日も二人でお使いかな」
店の奥から、眼鏡をかけた猫人の女性が顔を出す。その灰色の耳としっぽをぴくッと動かし、笑みを浮かべる。花屋の女主人だ。
「今日、父さんと母さんの結婚記念日なんだ。だから、二人にあげる花束を買いに来た」
「きた!」
えっへんと兄の横で胸を張る少女の頭を、猫人の主人は優しく撫でる。
「そうかい。じゃあ、とっておきを作ろうか」
「お願いします」
礼儀正しく頭を下げるダクトに頷き、彼女は店を歩き回る。
店内には、季節を迎えた花々が咲き乱れている。どれも切り花のはずだが、そうとはわからない程全て瑞々しく、元気に花びらを開いていた。
その花の中から、女主人は一本ずつ吟味しながら選んでいく。黄色くて大きな花をメインに選ぶと、その隣に小さくて白い花を数本添えた。
「これと、これ。それからこうして……」
「お兄ちゃん、凄いね、魔法みたい!」
わくわくと目を輝かせる妹に、ダクトは「そうだな」と笑みで応じる。しかしフェリアが花に意識を向けると、途端に暗い表情をした。
(魔法、か)
ダクトとフェリアは、魔力を持たない『人間』だ。
このソディールという世界には、三種類の人がいる。一つは人間、二つ目は獣人、そして三つ目は魔種だ。魔種は吸血鬼ともいう。
人間も獣人も吸血鬼も、どれもが人として平等な扱いを受けているわけではない。ヒエラルキーの最上位には吸血鬼が居座り、その次に獣人、人間はその下の扱いだ。
この町も吸血鬼が長を務め、人間には上に立つ資格がない。獣人は己の体を武器とするため、吸血鬼に次ぐ地位を得ている。
何故、吸血鬼と獣人に権力が与えられるのか。答えは簡単だ。吸血鬼には魔力が備わり、獣人には牙や爪が備わり、人間には何もないからである。
(いつか、人間の地位を上げてやる)
ダクトの夢は、誰にも話したことはない。話しても、この世を諦めた者たちからは「無謀だ」と避難されるだけだからだ。
「お兄ちゃん?」
「……えっ、フェリア」
「どうしたの、顔色悪いよ?」
考えに落ちていたダクトを引き戻したのは、フェリアの言葉だった。顔を上げれば、花束を持った女性が心配そうにダクトを見詰めていた。
「大丈夫、ダクト。気分が悪いなら奥で休んでいく……?」
「いえ、大丈夫です。花束、ありがとうございます」
花屋の主人は、ダクトとフェリアが人間だと知っていても、気さくに話しかけてくれる。それが嬉しくて心地良くて、ダクトは彼女の店に時々遊びに行く。
しかし今は、その厚意に甘えるわけにはいかない。
作ってもらった花束は、明るい気持ちになる黄色の花を中心に作られていた。これならば、両親もきっと喜んでくれる。
ダクトはお金を渡し、店を出た。次に向かうのは、裏通りのお菓子屋だ。
その夜。帰宅した両親にダクトが花束を渡し、フェリアはクッキーのたくさん入った袋を手渡した。
「えっ、どうしたのこれ!」
「へへ。結婚記念日だから、おれたちから贈り物」
「贈り物!」
すごいでしょと胸を張るフェリアを抱き締め、母は涙を浮かべて微笑んだ。
「嬉しいわ。仕事の疲れも吹っ飛んじゃった! 二人共ありがとう」
「本当に嬉しいよ。ダクト、フェリア。……ありがとう」
父に頭を撫でられ、ダクトは心底嬉しそうに笑った。隣では、母に抱きついたフェリアが声を上げて笑っている。
流石に食事を作ることは出来なかったが、母が腕によりをかけて作ってくれた。ダクトもフェリアも両親と共に、夜寝るまで笑顔で過ごした。
まさか翌日、あんなことになるとは思いもせずに。
───
ダクトー2へ続く
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