リン─2 初めての友だち
あの時、風の中に消えた笑顔を……俺はきっと忘れない。
「ねえ、遊ばないの?」
「え?」
ユキが生まれて数年後。一人で公園のベンチに座って読書をしていたリンに、その少年は臆することなく話しかけてきた。
綺麗に切り揃えられた黒髪の頂点から、ぴょこっと数本の毛が立ち上がっている。それは、世に言うアホ毛というものだ。
少しつり目がちで元気のいい瞳の中に、リンの戸惑った顔が映り込む。
自警団銀の華団長の子息、それがリンのことを表す言葉だった。そのために羨まれ、同時に恐れられた。
ユキという弟が出来、ジェイスという兄代わりがいるため独りではないが、気の許せる友人はいない。リンの寡黙さが災いしたか、いつしか彼に話しかける同年代の子どもはいなくなっていた。
そんな自分に話しかけてきた、この少年は誰だ。
「ねえ、きみ?」
「……おれは、リン。きみって名前じゃない。名前、教えて」
「ケルタ」
「ケル、タ」
「そう! いっしょに遊ぼうよ」
そう言うと、ケルタと名乗った少年はリンの手を掴んで引っ張った。
「えっ、ちょっと!」
「いいから、いいから」
拒否権などないとばかりに、リンをぐいぐいと引っ張っていく。そして、ブランコに彼を乗せた。
何をするのかと思えば、後ろから同じブランコに乗り、立ち漕ぎを始めていた。ぐんぐんとスピードが上がり、リンは思わず悲鳴を上げる。
「は、速いよ?!」
「速くしてるもん!」
「そうじゃなくて!」
リンはブランコの鎖を強く握り、目もきゅっと閉じた。こんなに、空が近いと思える程に高くまで漕がれるブランコに乗るのは初めてだった。
「気持ちいい~」
背中側から、ケルタと名乗る少年の楽しげな声がする。しかし、リンはまだこの絶叫系ブランコを楽しむ余裕はなかった。
「あー、楽しかった」
やがてブランコは止まり、ケルタが身軽に飛び降りる。リンも立ち上がったが、ふらついて尻餅をついてしまう。
「大丈夫?」
「──んなわけないだろ、ケルタ!」
「へへっ、ごめんね」
全く悪びれた様子もなく、ケルタは謝ってきた。その態度に物申そうとリンが立ち上がると、ケルタは嬉しそうに微笑んでいた。
「……何だよ」
「ううん。リン、そんなに色んな顔するって知らなかった」
「───っ」
ケルタの言葉は、リンにとって瞠目するに値する威力があった。
彼は、リンを以前から知っていたのだろうか。そうでなければ、無愛想なリンの新たな面を発掘しようとは思わないだろう。
「……変なやつ」
ニコニコと微笑むケルタに、リン微苦笑に似た不器用な笑みを向けた。少しだけ、彼にたいして心の扉が開く。
「ひどいなぁ、リン」
「ほんとのことだろ」
ケルタとリンは、笑いながら小突き合う。そして今度は、砂場に向かって駆けていく。
ケルタは砂場で砂嵐を生み出して、リンと共に砂だらけになってしまった。リンは怒るよりも笑い出してしまい、それにつられたケルタもお腹を抱えて笑い出す。
これが、リンとケルタの出逢いだった。
それからというもの、天気のいい日は決まって二人は公園で遊んだ。
リンの年相応の顔が増える度、ケルタ以外の友人も増えていく。それでも、変わらないのはこの二人だった。
いつしか公園だけでは飽き足らず、森や川、海でも遊ぶようになる。ジェイスと彼の友である克臣を交えることもあり、リンの世界は確実に広がっていった。
「今日は森で宝探ししようぜ!」
「宝って何だよ。何か隠してるのか?」
「何も。だけど、宝を見つけるゲームだよ」
宝は何だって良い。ケルタはそう言った。
綺麗な落ち葉でも良いし、美味しそうな果実でも良い。四つ葉のクローバーでも構わない。そんな自由度の高い宝探しだ。
ジェイスと克臣は、小学校からまだ帰ってこない。だから彼らは、また二人だけで遊びに興じているのだ。
「制限時間は、腕時計で一時間。一時間後に、この切り株で待ち合わせだよ」
「わかった。……じゃ、スタート」
二人は同時に、正反対の方向へと走り出した。
「見付けた」
リンが手にしたのは、クルミに似た果実だ。クルミと違うのは、その実が柔らかいということ。鳥たちの大好物でもあるから、こうやって無傷で実っているのを見付けるのは難しいのだ。
手を伸ばしてもぎ取り、リンは果実を籠にいれた。そして、少し考えてもう一つ採る。
「後……二十分くらいだな」
思った以上に時間がかかってしまった。リンは回れ右をすると、もと来た道を走り出す。
途中で綺麗な花を見付けて摘み、籠に入れてまた走る。
そうやって戻ってきた時、時計の針は制限時間の五分前だった。切り株の所には、まだケルタの姿はない。
「まだ探してるのかな」
呼吸を落ち着かせ、リンももう少し探そうと辺りを見回した。
「……ん?」
じっと目が吸い寄せられる。リンが見詰める先には、小さな洞窟があった。
こんなところに洞窟があるとは。好奇心に駆られ、リンは見付けた宝の入った籠を入り口に置いて入り込んだ。
丁度子ども一人分の高さと幅があり、リンはずんずんと進んでいく。太陽もまだ出ている時間で、洞窟内も薄明かるかった。
途中に分かれ道はなく、真っ直ぐに進む。蝙蝠や小さな虫と出会いつつ、リンは奥を目指した。
──カタンッ
「え……、誰かいるのか?」
物音を聞き、リンはビクッと体を震わせる。そして何かの影が自分の影と合わさり、悲鳴を上げそうになった。
悲鳴と共に苦手な魔力を発動させそうになった時、影の方が慌て出した。
「ま、待ってよ。ぼくだよ、リン!」
「……ケルタ」
正体が友だとわかり、リンは身構えを解く。ほおっと息をつき、ケルタを睨んだ。
「驚かせるなよ、ケルタ。本気でびびったぞ」
「ごめんごめん。……ね、それよりも良いもの見付けたんだ!」
「は? お、おいっ」
「こっち!」
出会った頃のようにリンの手を引き、ケルタが駆け出す。それに仕方なくついていったリンは、やがて洞窟の奥へと入り込んだ。
「わあっ」
そして、目の前の光景を見て目を輝かせる。
「なっ、すごいだろ!」
二人の前に現れたのは、巨大な石灰岩で作られた宝箱だった。
天井から吊り下がった石灰岩の柱が森の木のように並び、棚田のような広がりがその足元を固める。幾つか太い木の幹のような柱も点在し、まるで洞窟の主のようだった。
「これ、
「鍾乳洞?」
リンの呟きに、ケルタはすぐ反応した。こくっと頷き、リンは「そう」と答える。
「こんなところに、こんなに綺麗な鍾乳洞があるなんて……」
「へへっ。宝物だろ?」
「ああ、間違いない」
何処からか日の光が入っているのか、照らされた鍾乳洞はキラキラと輝いて見えた。
鍾乳洞を見付けて満足した二人は、外へと戻ってきた。既に夕方に差し掛かり、そろそろ帰らないと心配される。
リンは入り口に置いていた籠から果実を取り出し、ケルタに渡した。それを二人でかじりながら、帰路につく。
「なぁ、もうすぐ学校が始まるよな」
分かれ道で、ケルタが楽しそうに言った。
実はリンは、友人もいない学校など楽しくなさそうだと乗り気ではなかった。しかし、そんな気持ちはケルタのその一言で吹き飛ぶ。
「きっと、ケルタがいるなら楽しいな」
「だろ? ぼくもリンがいるなら嬉しいよ」
ケルタが小指を立てて、リンに突き出した。その意味を理解し、リンもそこに自分の小指を絡める。
「「指切りげんまん!」」
一緒に学校に通おう、という無邪気な約束。その約束を果たし切れるかどうかは、また別のお話だ。
─────
《用語解説》
ケルタ…アラストに住む少年。
アラスト…ソディールに存在する町の名前。大きな港がある。
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