アルシナ─3 信じてる

 温かな朝の陽射しを感じて、アルシナは寝返りをうった。そして何かに触れ、すり寄る。

(安心する……これ、何だろ)

 固いけれど、温度を持っていて温かい。もっと近付こうと、アルシナが腕に力を込める。

「……アルシナ?」

「ふぇ……?」

「あの……また襲われたいのかな?」

「──……ジェ、イス? え……えぇっ!?」

「うわっ」

 一気に目が覚めたアルシナは飛び起きた。上半身を起こすと同時に自分が触れていたものを突飛ばし、勢い余ってベッドから転げ落ちそうになる。

「わわっ」

「──危ないっ」

 アルシナは衝撃を覚悟して目を閉じた。しかし、幾ら待っても痛みはやって来ない。

 そろそろと目を開けると、銀色の髪の毛が彼女の前にさらりと広がった。ジェイスがアルシナを抱き寄せ、難を逃れていたのだ。

「ふふっ。本当に、そそっかしいな。アルシナは」

「ジェ、イス」

「ん? 何?」

「あの、助けてくれてありがとう……。離して、くれる……?」

「あ……うん、ごめん」

「ううん、謝らないで。……恥ずかしい、だけだから」

 毛布を頭から被り、アルシナの声が小さくなる。

 添い寝した銀髪の青年──ジェイスはきょとんとした後、小さく笑った。それから顔を真っ赤にしたアルシナの翡翠色の髪をすくい、く。

「おはよう、アルシナ」

「……おはよ、ジェイス」

 柔らかく微笑む見目麗しい青年の笑顔を直視して、アルシナは再び布団に顔をうずめた。


 昨日、二人は竜人の里の復興の様子を見に行った。

 ヴェルドによって破壊し尽くされたように見えた里だったが、人々はたくましく優しい。こんなこともあるよと笑い、新たなものを造り出すことに喜びを見出だしていた。

 現場にはアルシナの弟ジュングもおり、里の人々と協力して作業していた。そして姉と共にいるジェイスを見つけると、仇に会ったかのように睨み付け、そっぽを向いてしまった。

「僕はまだ、お前を許したわけじゃない」

「ちょっ、ジュング!?」

「知ってる。だから、いつかきみに許して貰えるように頑張るよ」

「……あっそ」

 弟の態度に慌てるアルシナだったが、ジェイスが笑って許してくれたために安堵したものだ。

 それから里を見渡せる高台に赴き、色々あって今朝を迎えた。


 ジェイスはベッドに突っ伏したままのアルシナの頭を撫でると、そっと立ち上がる。朝日が隙間から射し込んでいたカーテンを開け、眩しそうに目を細める。

「アルシナ、今日も天気が良さそうだ。昼には買帰るから……顔を見せてくれない?」

「……ジェイス。そんなに私を甘やかしたら、後で後悔するよ?」

 くぐもった声で試みるアルシナの抵抗は、あっさりと解かれてしまう。

 軽く目を見張ったジェイスだが、すぐに小さく笑った。そんなこと、と穏やかに言う。

「きみは、長い間苦しみを抱えてきた。私もまた、いつかきみを悲しませる。だから……出来る限りアルシナに笑顔でいて欲しいんだ」

「何で……? 何であなたは泣かせようとするの……?」

「泣かせようという気はないんだけどね」

 ほら、起きて。ジェイスはアルシナに手を差し伸べ、彼女が起き上がるのを待つ。

 すると観念したのか、アルシナはゆるゆると体を起こした。寝間着にしている白のワンピースの襟部分が着崩れ、彼女のデコルテと肩の部分を露にする。

 アルシナの格好が目に毒で、ジェイスは淡い赤に頬を染めた。そしてワンピースの着崩れを直してやり、何でもない風を装って伸びをする。

「さあ、朝は畑仕事があるんだろう? 私も手伝うから、一緒、に……」

「──ジェイス」

 愛しい人に呼ばれ、ジェイスは心臓が大きく鼓動する音を聞いた。振り返ると、アルシナがジェイスのシャツの裾を握っている。わずかに指が震えているように見えて、ジェイスは彼女と目線の高さを同じにするためにベッドへ腰を下ろした。

「どうしたんだい?」

「……また、私のこと見付けてくれるって言ってくれたよね」

「昨日、約束したよ。この命が繋がる限り、必ず会いに行くと」

 アルシナに会う度、ジェイスは約束する。今世で必ず次も会えるという保証はないから、何度でも。

 しかしアルシナは、何処か不安げに瞳を揺らす。

「……最近、夢を見たから。昔の夢だよ。みんな、みんな、私たちを置いて逝く。待つのは得意だけど、時々、怖くなる」

「もしも私がきみのことを忘れたとしても、きみが呼んでくれる限りは惹き合うと思う。確かな明日なんてないけれど、この気持ちは本当だから」

「……ありがとう。ごめんね、面倒な性格で」

 涙を流しながら、それでも軽い調子で笑みを見せるアルシナ。健気な彼女への愛しさが増し、ジェイスは自分の大層な変化に苦笑した。

「──そろそろ、行こう。今度は、アルシナが銀の華に来ると良い。晶穂たちも喜ぶ」

「うん。楽しみ」

 ようやく晴れやかに微笑んだアルシナの額に、ジェイスが口づけを落とす。真っ赤になって硬直してしまうアルシナは、ジェイスの悪戯っぽい笑みを見てその真意に気付いた。

(めそめそしてたらダメだ。先に逝ったみんなに笑われちゃうよね。……この人と、たくさん笑って過ごすって決めたんだから)

 アルシナはジェイスの手を取り、本物の笑顔を浮かべて歩き出した。


 ―――――

 次回はジュングのお話です。

 お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る