晶穂─3 理想的な恋の結末
秋が深まりつつあったある午後。晶穂とサラ、真希の三人が食堂に集まっていた。過ごしやすくなり、少し肌寒い日が増えた。三人の前にあるのは、温かいココアだ。
「うぅ、染み入る~」
猫人のサラは、
サラは普段リドアスにいないが、今日は休暇を取ってノイリシア王国から里帰りしている。
晶穂もココアを一口飲み、ほっと息をついた。そして、向かいでお茶菓子のチョコチップクッキーをつまむ真希に目を向ける。
「本当に、こういう飲み物が恋しい季節になりましたよね。そういえば、今日は
明人は、克臣と真希の息子だ。まだまだ幼いが、既に克臣の息子らしく無邪気で元気いっぱいな男の子である。
晶穂が指摘すると、真希は頷いて微笑んだ。
「そうなの。克臣くんが『今日は俺が世話するから、晶穂たちとゆっくり喋って来いよ』って引き受けてくれたんだ。ユーギくんたちと何処かに行くって言っていたから、みんなで遊びに行くんじゃないかな?」
「確かに、今日は静かですもんね。リンも静かだからって仕事を一気に片付けるつもり見たいです。……あんまり無理しないと良いんですけど」
「ふふ。晶穂は本当に団長のことが好きだねぇ」
「も、もうっサラ!」
サラに茶化されて顔を赤く染めた晶穂。ふと思い立ち、自分たちを微笑ましく見守っていた真希に質問を投げかけてみることにした。
「真希さんって、克臣さんとは大学の同級生でしたっけ? どうして結婚しようと思ったんですか?」
「なに? 晶穂ちゃん、結婚に興味あるの?」
「えー、あたしたちより早いって思ってますよ?」
にやっと笑う真希とサラに見られ、晶穂は再び頬を染める。慌ててブンブンと頭を振った。
「そうじゃないって言ったら嘘になりますけど、今はそうじゃないんです! なんというか、馴れ初めへの単純な興味ですよ」
「焦って可愛いなぁ。……まあ、それは置いておいて。馴れ初めか」
うーんと少し考えていた真希は、何か思い出したらしく「ふふっ」と小さく笑った。晶穂とサラが注目すると、悪戯っぽい笑みを見せる。
「恥ずかしいけど、プロポーズの時のこと思い出しちゃった」
「プロポーズ!」
「き、聞きたいです!」
興味津々の女の子二人を前に、真希は照れ笑いを浮かべながらも話してくれた。それは、まだ大学生だった時のあるデートでのことだったとか。
「丁度、秋頃。紅葉狩りに行こうっていうことになって、山に行った帰りにね、彼の家に寄ったの」
その頃、真希はよく克臣の部屋に泊りに行っていた。真希の家は女子学生専用のマンションで、男子は家族以外入ることを許されていなかったのだ。
いつものように夕食を食べ終わってくつろいでいた時間、突然克臣が「俺には夢があるんだ」と言った。
「夢なんて突然言い出すから、何事かと思って真剣に聞いていたの。そうしたら、克臣くんが『真希とずっと一緒にいることだ』……なんて言うから。思いがこみ上げて泣いてしまって」
すると克臣は『自分が泣かせた、自分とずっと一緒にいたいと思っているわけではないんだ』と誤解した。悲しげにハンカチを差し出すと、一人で寝室に行こうとしたと言う。
「だから、わたしも必死に止めたの。『一緒にいたいのは、克臣くんだけの気持ちじゃないんだよ』って。それからかな。結婚しようって話になったのは」
「素敵……。素敵な恋の結末ですね」
「うんうん。やっぱり克臣さんと真希さんは、あたしたちの理想だよね」
「ちょ……照れるな、これ」
晶穂とサラに素敵だの理想だのと言われ、流石の真希も赤面を隠せない。愛おしそうに左手薬指のシンプルなシルバーリングを撫でると、真希は「二人は?」と反対に質問を投げかける。
「二人にはないの? その、『理想的な恋の結末』について考えることって」
「え……」
突然の問いに、晶穂は固まってしまう。しかしサラは、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「あたしは、エルハの傍でずっと彼を支えていきたいと思ってます。彼は将来的には国王の弟で、とても難しい仕事もすることになるだろうから、安心して帰って来れる場所になりたいなって」
「素敵ね。だけど一方が支えるばかりじゃバランスを崩してしまうから、お互いが支え合っていくことが大事よ? まあ、エルハくんはその辺りよくわかっていると思うけどね」
「はい。……実はこの前、プロポーズみたいなことを言われて。『色々なことは落ち着かないと出来ないけど、近いうちに結婚したいな』って」
「それ、ほぼプロポーズ……」
「本当に。じゃあ、理想に近付いてるのね」
目を丸くする晶穂と、苦笑気味に言う真希。二人に見られ、サラは「てへへ」と嬉しそうにはにかんだ。
「そ、それはそうと! 晶穂は? 晶穂はどうなの!?」
「あ、それわたしも聞きたいな」
「うっ……。やっぱりこっちにも振られますよね」
晶穂は観念し、胸に手を置いて深呼吸した。それから、顔を赤くしたままでゆっくりと語り出す。その声は、恥ずかしさからか小さくなってしまう。
「わたしは……リンの隣で生きていきたいって思ってます。彼の傍で、決して彼の進む道を邪魔したい訳じゃなくて、一緒に歩めると嬉しいです。わたしに出来ることって多くはないんですけど、何があっても……大好きなリンの味方でいられるように、強くならなきゃって」
晶穂はきゅっと目を閉じ、自分の言ったことへの急激な羞恥心を逃がそうとする。しかし、心臓の早鐘も顔の熱さも一向に引かない。
「……そんな風に思われたら、団長も嬉しいだろうね」
「そうね。リンくん、照れ屋だから時間はかかりそうだけど」
くすくすと笑い、真希は身を乗り出すと晶穂の頭をよしよしと撫でた。
「きっと、あなたたちなら大丈夫。たくさんの味方もいるし、何よりその想いがあれば」
「……はい」
目を開け、晶穂は恥ずかしさも止まないままにはにかんだ。彼女の表情は恋する乙女そのものであり、また愛する人を想う大人びたものにも思えた。
「──リン、入らないのかい?」
「……っ、無理、に決まってるじゃないですかっ」
同じ時、食堂の入口傍の壁に背を預けたリンがズルズルとしゃがみ込んでいた。
仕事が一段落つき、飲み物でもと食堂に来たのが運のつきだったらしい。入口に手を掛けようとした直後、晶穂たちの話し声が聞こえてきて入るに入れなくなってしまい、今に至る。どうしても内容的に気になり聞き耳をたててしまっていたが、それをジェイスに見付かった。
「あーくそ、聞いてるこっちが目茶苦茶恥ずかしいだろ……」
「ふふ。わたしからすれば微笑ましいことこの上ないけど……、あれが晶穂の本心なんだろうね」
食堂の中に聞こえないよう、リンもジェイスもひそひそと小声で言葉を交わしている。
ジェイスに笑われ、リンはジト目で彼を見上げた。
「そんなこと言って。あそこにアルシナがいたら、きっとジェイスさんも同じような思いしてますよ」
「……っ。ああ、そうだろうね」
わずかに頬を染め、ジェイスは肯定する。
こういうところが大人だよなと改めて彼を尊敬しつつ、リンは全く引く気配のない顔の熱さに手を焼いていた。前髪を掴むように上げ、膝に顔を
「俺だって、お前にずっと隣にいて欲しいし、隣にいたいって思ってるんだからな……」
「いつか、それを本人の前で言えると良いな。頑張れよ、リン」
「……はい」
ジェイスに鼓舞され、リンは決意を新たに深呼吸した。
─────了
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