シックサード 毒が見せる夢

 いつ、眠りについたのか。シックサード自身覚えていない。気付いた時には薬を盛られ、気付かぬうちに眠りの中に身を埋めていた。

「これは、いつの頃だろうか」

 夢を見る。いつしか夢は時を遡り始めた。最近のことから徐々に、若返っていく。

 シックサードは絵本のページをめくるように、己の眼前にて移り変わる景色を見ていた。


「王太子様、ここに居られたのですか」

「じい」

 老年の紳士が見下ろす先に、少年の姿がある。部厚い本を開き、詰め込まれた小さな文字を食い入るように見詰めている。その目を上げ振り向いたのは、若き日のシックサードだった。

「そろそろ、ご友人たちがお越しになるのでは? 今日はまた、何をなさるのですか」

「剣の鍛練と、それから図書館で勉学を。二人はそれぞれ得意なものと不得意なものが違うから、一緒にいて飽きないんだ」

 朗らかに微笑み、シックサードは本を閉じた。そうですか、と執事も笑う。彼はシックサードの友人たちをよく知っているから、思わず笑みが零れたのだろう。

 前回会った時に決めた通り、二人の友人たちは庭園の中央に位置する噴水の前にいた。

「シックサード殿下!」

「殿下、こんにちは。お元気そうで何よりです」

「アゼル、アスタール! よく来てくれた」

 嬉々として大きく手を振っていたのは、アゼル・ドルトーサ。そして慎ましく頭を下げたのが、アスタール・ジルフォニアである。

 二人のもとに駆け寄ったシックサードは、息を切らせていたが微笑む。

「待たせたね。じゃあ、行こうか」

「はい!」

「はい、殿下」

 三人は連れ立って、まずは兵士たちの演習場へと足を向けた。


「懐かしい……」

 ページを繰るように己の過去を見詰めていたシックサードは、ふっと頬を緩めた。

 あの後元気に模造剣を振り回すアゼルと、彼の気迫に引き気味のアスタールと共に剣の鍛練に励んだのだ。体力的にきつそうだったアスタールも、やがて思うままに剣を振るう力をつけていく。

 鍛練が終われば、次は勉学だ。今度はアスタールの独壇場となり、頭を使うことが苦手なアゼルが悲鳴を上げることになる。

 シックサードはどちらかと言えば頭脳派だったが、二人と心身共に鍛えることでどちらも得意となっていった。

 目の前では、三人の少年が子犬のようにつるんでいる。歳を経たシックサードにとって、それは何にも代えがたい大切な記憶だ。

 やがて場面は移り、時を刻み始める。

「これは……」

 シックサードは息を呑む。彼の記憶を辿る旅は、彼の父との場面へと進んでいく。

 あの日、シックサードは見てはいけないものを見てしまったのだ。


 その日王太子としてすべきこと全てを終え、シックサードは父である王に報告するために謁見の間へと向かっていた。

 幾つもの書類に目を通し、内容を理解し判断する。いつか全てに自分が責任を負わなければならないと思うと、体の内側から震える思いだ。それでも覚悟を持ったまま何年も過ごし、やがて十代後半に差し掛かっていた。

「おや……」

 珍しく、謁見の間の扉がわずかに開いていた。普段は扉の前に衛兵がおり、きちんと閉じているのだが。

 シックサードは「いけない」とわかっていながらも、耳をそば立てる。中から聞こえてきた声に覚えがあったからだ。

「……と……で、……庭に……?」

「全て……う、……ということでございます」

 聞こえてくるのは、父と彼の側近らしき者の声。秘密の話をするように、ボソボソと聞こえづらい声で話している。他には誰もいないのか、普段いるはずの他の大臣たちの気配もない。

(あの声は、父上と……カグロ・ウォンテッド?)

 足音を立てないよう気を遣いながら、シックサードはそっと扉の隙間から中を盗み見る。すると王座に腰を下ろした父と、彼の前に立ち熱弁するカグロの後ろ姿が見えた。

 幸い、重厚な扉はシックサードの体重くらいではびくともしない。人払いがしてあるのか、廊下にも人の気配は皆無だ。

 シックサードが息を潜めていると、少しずつ二人の声は大きくなっていく。その話題は、シックサードが思いもよらない方向へと転がる。

「では、本当にあるというのだな? 『神の庭』という秘境が」

「ええ、エストラル陛下。文献に幾つもの記載が見られ、またそうであろうと思われる空間の不可思議な断絶が起こる場所もございます。調べてみる余地は、充分にあるのではないでしょうか」

「面白いかもしれぬな。……全てを手に入れることの出来る宝が本当にあるのならば、このノイリシアが手に入れる」

「では、わたくしは更なる調査を致します」

「頼もう」

「仰せのままに」

 スッと衣擦れの音がして、足音が扉へと近付いてくる。カグロが退出するのだと知り、シックサードは慌てた。

(まずい、こちらに来る!)

 周りを見て、動物の巨大な剥製を見付けた。その裏へと、飛び込む。幸い、十代の少年の体を隠してくれた。

 シックサードがそっと廊下の様子を窺うと、丁度カグロが謁見の間から出てきたところだ。カグロは部屋の中へ向かって一つ深々と礼をすると、踵を返して歩き出す。

「これで、未知の世界への扉が開かれる。……フフフ、楽しみだ」

 誰もいないと思ってか、カグロは笑いを含んだ独り言を呟く。まさか、シックサードが聞いているなどと思いもしない。


「そうか。神の庭を目指し、宝を得るために。……しかし、その話が何故今になって」

 途切れたページを更に見ようとしたシックサードの頭上から、何者かの声が聞こえた。それは、昔飛び出してしまった息子の一人の声によく似ている。成長すれば、きっとこんな声だろう。

『……また、あなたを父上と呼ぶ時が来るとは思いませんでした』

「今更でも良い。また父と呼んでくれ――エルハルト」

 幼かった息子への後悔と、隠してきた愛しさ。もう一度息子をこの目で見て抱き締めることが出来ることを思い描き、シックサードは再び夢の淵へと落ちていった。


 ―――――

 次回は、シックサードの父・エストラルのお話です。

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