シンファ 神と人との間の娘
その娘は、現世と隔絶された土地で生まれた。母の黒髪と父の白い瞳を受け継ぎ生まれ、彼女はシンファと名付けられた。
「シンファ、どうか幸せに……」
シンファが生まれて間もなく、母・天歌は事切れた。人間として生を受け、後に姫神となった彼女は神の子を産み落としてその生涯を終えたのだ。
神々に愛され、現世との架け橋として役目を全うした天歌。彼女の遺児として神庭に残されたシンファは、短い間ではあったが姫神として役目を継いだ。
しかし後に天歌と同じ血を継ぐ娘─
元々人の子であった女神─ヴィルアルト─の子孫に養女として迎えられ、十年余りが経つ。
シンファはすくすくと成長し、腰まで伸びた柔らかな黒髪と神の血を示す白い瞳を持つ不思議な少女として認知されていた。その容姿以外には特殊な力もなく、義父母に愛され優しい子に育つ。
しかしある夜、シンファはある夢を見た。
「ここは、何処?」
目の前に広がるのは、夕闇に沈んだ花畑。沈みかけた日の光が照らすのは、銀色の花々。そのただ中に、シンファは立っていた。
ぶわっと風が吹き、思わず乱れる髪を押さえて耐える。その時、目の前を銀色の花びらが舞い散っていった。
「銀色の、花……綺麗」
シンファは恐る恐る花の一つに近付き、その場に膝を折る。そして手を伸ばし、花弁に触れた。
ぷちん、と手折る。六枚の花弁を持つその花は、シンファの手の中で風に揺れた。
「……不思議。ここにいると、穏やかな気持ちになる」
涼やかな風が吹き、頬を撫でていく。一輪の銀の花を持ち、シンファは何処までも続きそうな花畑の中を歩き、やがて果てへと辿り着いた。
青空の下、足元には濃い霧が立ち込める。何処まで続いているのかもわからず、シンファは戻ろうと後ろを振り返った。
「え?」
しかし、背後には何もない。たった一輪、手の中にある銀色の花だけがあの花畑の現実を伝えるのみ。
シンファは何とも形容しがたい恐怖を感じ、一歩後ろに下がってしまう。……そこに、地面等ないにもかかわらず。
「あっ――落ちる」
妙に冷静な思考と、大慌てになって何も正常に考えられない思考。二つがせめぎ合うシンファは、ただ自分の体が傾ぐのを感じていた。
徐々に傾いていく。そのスローモーションに怯えることも諦めた時、シンファの頭の中に何かが閃いた。
(そうか。
己の目覚めが十分ではない。その自覚が芽生えた時、シンファは己の秘され続けた欲求に気付いた。
曰く、血を。より力のある者の血を欲する自分への自覚。
体は落ちていく。何処までも堕ちていく。それが禁忌を犯した両親への報いだと直感した時、シンファは自分の運命を受け入れた。
受け入れると同時に、赤く塗り潰された頭の中に『声』が響いた。
――お前の子に、血を欲する性質は受け継がれる。しかし、やがて薄まるだろう。その果てにあるものを、我らは見守り続けよう。……シンファ、どうか幸せに。
「……お父さん、あなたは何故、私をこの世に降ろしたの?」
やがて吸血種と呼ばれ、いつしか古来種と称されるその一族の発端。強大な力を持つ代わりに血を欲し、人々から恐れられる存在となっていく。
夢から覚めた時、シンファは己の急激な変化に気付いた。
黒い髪はそのままだが、瞳は白から血のような鮮烈な赤へと変わっている。そして口の中の犬歯は鋭く、長く伸びていた。
「……」
手を伸ばして念じれば、簡単に壁が破壊された。魔力の値が急激に上昇し、扱えるよう訓練しなければ暴走させる危険すらある。
シンファは息をつき、それから床に崩れ落ちた。
「こんな私を、誰が愛してくれるというの……?」
子孫に受け継がれ、やがて薄れていくと神は言った。しかしそれ以前に、シンファは自分をそのまま受け入れてくれるような稀有な存在がいるとは思えない。こんな恐ろしい力を持った女を、誰が伴侶にと望むのだろう。
その十数年後、シンファは思いがけない出会いを果たす。
「どうして……?」
白髪の青年に抱き締められ、シンファは絶えず涙を流して尋ねずにはいられない。
相変わらず血への欲求は止まらず、この青年にも何度提供を求めたかわからないのだ。それにもかかわらず、彼はずっとそばにいてくれた。
どうして、そう問われ、青年はくすっと微笑んだ。
「俺が、あなたを大切にしたいと信じているからです」
「……ありが、とう」
シンファは嬉し涙を流し、顔を真っ赤にして青年に抱き付いた。
―――――
次回は刹那のお話です。
お楽しみに。
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