第2話 夢を買う

カチカチとポールペンのノックオンだけが響く。


同僚たちは22時には帰った。本当にけしからん奴らだ。


あぁ、鈴木よ。最近結婚したんだっけなぁ。新入社員の頃は一緒に部長になろうとか言ってたよな。この会社乗っ取ろうとか言ってたよなぁ。今やお前も係長か。しょんぼいなぁ。


まぁ、こちとら万年平社員ですけどぉ。


えぇ、23から5年間休み無しの皆勤賞で目立ったミスなくやってきましたけど、給料は一銭も上がりませんでしたよえぇ。


うちの会社、初任給35万とかいう超高待遇だったもんな。


あの頃は他の会社の奴らの初任給の少なさに笑ってたが、結局は初任給が就任給とおんなじという落ちでしたよ。


本当に悲しい会社だ。


昇進昇給、出世街道まっしぐらなんて希望を持ったら負けなんだよ世の中。


どーせ、同僚の出世街道の脇でゴミ拾いするはめになるんだから。


 ◇ ◇ ◇ 


「はぁ、終わったぁ。」


格闘を続けること約3時間。

なんとか処理し終えた。


只今、時刻27時。

7時出勤だから、一日20時間労働じゃないですかぁ。やだなぁ、労基に怒られますよ。


「帰ろう」


クタクタによれた紺色のコートを羽織ってカバンに私物を詰め込み、オフィスを後にする。


「あれ、雪か。」


12月20日。いや、もう24時回ったから12月21日だな。


世間はもう少しでクリスマスと浮足立っている。


「はぁ」


世の中の世知辛さにため息を浴びせ、歩き出す。

街にはピカピカと光るライトが吊り下げられていて、とても眩しい。


「っと、すみません。」


ポケーっと歩いてたら、若そうなお兄さんとぶつかってしまった。


「あぁ、お構いなく。」


別に目くじら立てるようなことでもないので、こちらも頭を下げて歩き出そうとする…………が、目の前の看板に目を奪われる。


『一等前後賞あわせて10億円』


「ハハハ、んなことあるかよ。」


思わず笑ってしまった。そんな簡単に金が手に入ったら人生苦労しないんだよ。


………でも、でも。少しくらい夢見たっていいか。


アラサーでも夢見てーんだ。


「すみません」


宝くじ売り場にしては珍しい、24時間営業の店舗の眠そうなお姉さんに声をかける。


「はい。どちらをご購入ですか?」


なんかペラペラのシートみたいなやつを見せてくるが、それは不要だ。俺が買うのは夢なのだ。


「年末ジャンボ、連番で3つください。」


どれか当たってれば前後賞ももらえる。なーんてな。

ただ、千円で買える分買っただけだ。


「はい。900円になります。」


「1000円で。」


財布からくしゃくしゃの野口英世を取り出す。


「100円のお釣りとこちら宝くじです。」


「ありがとうございます。」


白い封筒みたいなのに入ったペラ紙を受け取る。

さぁ、これで当たってればいいんだが。


一等当たれば、課長の顔面に辞表を叩きつけてやるんだ。

二等だったら………ちょっと考えるかな。


「まぁ、どーせ当たんねぇーだろ」


お釣りの100円で缶コーヒーを買って帰った。

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