第90話 波のお悩み〜お見合いと溢れ出した想い〜

迎えた三連休。


私は仕事も順調に落ち着き、久しぶりに香川の実家に帰省したのだが……。


「聞いてない!!!!」


「仕方ないでしょ、相手方とたまたま会ってしまったんだから、いないってことにはできないじゃないの。」


叫ぶ私に、お母さんが白々しくいう。


絶対に嘘だ。私がこっちに来てることを知って、三連休に戻ってくると見越してセッティングしたはずだ。


「だから帰ってきたくなかったんだよ……」


私は懐かしい家のリビングのソファに座りながら、ぶつぶつと文句を言う。


「ほら、あなたも着替えて。和服にする? 洋服にする?」


いつの間にか持ってきていた着物とドレスを両手に、お母さんが尋ねる。


「このまま」


「あなたね、ノリ気じゃなくても来ているんですから、スーツそのままというわけには行かないのよ。」


ブスッと私がつぶやけば、お母さんが文句を言う。


「だから、そうせざるを得なくしたのはお母さんたちでしょ?」


ひさびさの帰省だしゆっくりさせてほしい。


それに、お見合いとか結婚とかそういうのは……嫌だ……今は。


「はいはい、じゃあ和服ね。こっち来て。」


「はぁ……会うだけだからね? すぐ帰ってもらうから。」


勝手に話を進めるお母さんに、釘を差しておく。

拒んでいてもどうせやられるんだから、しっかり忠告してある程度は妥協しないといけない。


「それでいいわよ。ほら、こっち来て。」


「はーい……」


私は渋々お母さんの方へ歩いていった。





 ◇ ◇ ◇




「それで、私は言ったんですよ。『だから言ったじゃないか』と。そしたら、奴は笑ってその通りだと言うんです。」


「そ、そうなんですね……」


私は目の前に座る男性の話に相槌を打ちながら、チラリとその姿を見る。


背はスラリと高く、顔も整っている。俳優をしていてもおかしくないような風貌だ。


話し方もハキハキとしていて起承転結があり面白い。


会社は今有名の大手外資系。現在28で部長。来月には昇進が決まっており、年収も申し分ない。


有名大学卒で、子供好き。学生時代には貧しい子どもたちに寄付をするプロジェクトの主催を務めた。


まさに非の打ち所のない完璧超人。

合コンにでも行けば、超優良物件としてあちこちから取り合いになるだろう。


けど……私は…………


「さくやさん? どこかお体優れませんか?」


考え込んでうつむいていた私に気がついて、彼は無理しないでくださいと声をかけてくれる。


こういう、細かな気遣いが狙わずとも当たり前にできる。本当に、人として完璧。


「い、いえ、大丈夫です……。」


私は顔を上げて、仕事で培った愛想笑いでなんとかごまかす。


結婚できたら最高間違いなし……そのはずだ。

そうだ、この人を断る理由なんてないはず……なのに……なのにどうして…………。


彼の所作一つ一つに、彼の言葉一つ一つに、を重ねてしまう。


「そうですか。無理だけはしないでくださいね?」


私はニッコリと、そんな笑顔を向けられれば誰でも惚れてしまうというような爽やかな笑みを浮かべる彼を見て、ふと気がついた。


『無理だけはしないでください』


それは、彼が先程から言っている言葉であり、そして―――――







―――――がかけてくれた言葉。


同じ言葉のはずなのに、なのにどうして……彼に言われても表面上でしか感じられなくて、に言われた言葉だけが、今もこんなに心に残っているの。


「それで、良ければなんですけど……」


彼がなにか言っているのが耳に入ってこない。


あぁ、そうか、そうなのか……。


私は気がついてしまった。いや、前から気がついていた。


けど、違うと蓋をして、そして逃げていた。


怖くて、怖くて怖くて……そして何より、大切だから。


私はのことが……、こんなにも……。


「今度二人で出かけませんか?」


「ごめんなさい」


彼が何かを言い切る前に私は言っていた。


はしたないけどテーブルに手をついて、少し乗り出しながら。


「い、いえ、その、なら連絡先を……」


「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです。私、私その人のことがもうどうしようもないくらい好きなんです。だから、ごめんなさい。そんな気持ちでお見合いなんかして……それも、ごめんなさい。」


何かを言いよどむ彼に、私は謝る。


声に出したら、急激に顔が熱くなっていく。

恥ずかしいけど……それでも、が好きだから……。


「ふっ……ハハハ、そういうことですか。」


私の言葉を聞いて、数度理解不能という顔でパチパチと瞬きした彼は、これは面白いとばかりに笑い始めた。


「僕は戦わずして負けたんですね……。大丈夫です、行って下さい。頑張って……下さい。」


彼は最後まで爽やかに、その微笑みを絶やさずに言う。


「ありがとうございます!」


私は立ち上がると、隣に置いていたバックを持って部屋から飛び出す。


「ちょっと、アンタ!!? どうしたの!!? 結婚は!!?」


すれ違ったお母さんが走る私を見て叫ぶ。


「する!! 結婚する!!! 私の……好きな人とっ!!!」


私はそんなことを叫びながら、実家を飛び出した。

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