第91話 神之お話
「結局どうしたんですか?」
三連休前の木曜日、どこかふわふわとした空気が漂っているような漂っていないような気がする普通の日。
お昼の混雑をさばき終え、休憩しているときに神之さんが尋ねてきた。
「どうって何がですか?」
俺は手に持ったモップを壁に立てかけて尋ねる。
軽く拭いたし、珈琲でも飲もうかな。
「お見合いの話ですよ。全部断っちゃったんですか?」
「あぁ、それですか。はい。なんとなく、今じゃないかなって思って、丁重にお断りしました。」
カウンターに戻って、お湯を沸かしながら返事をする。
なかなかに魅力的な方も多かったけど、なにか……どこか違うような気がして。
「ふーん……誰か気になる方でも?」
何か含ませるようにつぶやいて、神之さんが楽しげな視線でこちらを見る。
「いや、そこまでじゃないですけど……まぁ、なんとなく、今お見合いっていうのは、違うかなって。」
言葉では言い表せないけど、どこか引っかかってしまったのだ。
あれよね、自分の気持ちは自分が一番わかっているようで、一番わからないってやつ。ほんと、俺君は難しい。
「なるほどですね……。あの、女性の方はどうなんですか?」
「あの方とはどの方で?」
にっこり微笑む神之さんに、珈琲を淹れながら返答する。
うえ、ちょっと苦かったな。
「東京の頃からのお知り合いの銀行の、スラッとした美人の女性ですよ。」
「あぁ、さくやさんですか。いい人ですけど、俺にしたら高嶺の花かなーなんちゃって。」
支部長になっというし、美人でスタイルも良くて優しくて気配りもできて要領もいい。彼女こそ、色んな所から手を引かれまくりの超・優良物件だろう。
俺ももう少し全部がなんとかなっていれば、立候補していたかもしれない……あれなんだろう、自分で言っていて悲しくなってくる。
「案外、高いところでも手を伸ばしたら届くものですよ。以外にも、あちらもこっちを見下ろしていたり。」
神之さんは微笑みながらも、何か含ませた表情で珈琲を嗜む。
「はい????」
俺はいきなりの哲学的発言に、目を白黒させてしまう。
「いえいえ、私は妻一筋ですからなんとも言えませんが。失うのを怖がっていたら、手に入るものも逃してしまうというお話ですよ。」
「なるほど。深いですね。」
今思えば、高校時代のあの子、脈アリなんじゃないか。
小学校のあれは告白待ちなんじゃないか。
みたいな。たまに寝る前に思い出してしまうタラレバのお話みたいな感じかな。
俺もあんまりグイグイガンガン行けるタイプじゃないから、神之さんの言う通りもう少し積極的になったほうがいいのかもしれない。
「あと、やっぱり最後は男の人に勇気を出してほしいのが、女心ってものです。私はそれで今でも怒られますから。」
神之さんは最後にそう付け足して、珈琲を煽った。
なにかとても深いお言葉をもらったような気がする。
俺も、もう少し頑張ってみてもいいのかな。なんて思う昼下がりであった。
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